第1章 天使は都合よく舞い降りる ー 2



 さて、突然だけど僕の住んでいる町である兆羽市の設立を語ろう。理由?この環境を当たり前だと思わないためだ。ずっとここにいるわけじゃないし。

 兆羽市は世界廃ビル処理場、通称『ミキサー』と呼ばれる建造物の真上にある町だ。『ミキサー』は国連の持ち物という建前であるが日本が国営している。理由は公には世界問 題の解決と言われているが誰がどう見ても高官のどうでもいい見栄の産物だ。

 不法に残された住居が問題視された2050年。10年以上放置された建築物の所在を日本政府に移譲できる法律「不法建築物処理法」が施行されたとしても、政府は不法住居の処理に手を付けられていない状態だった。なんでかって?がいるからだ。

 そんな時、国連が世界問題の一つであるゴミ問題の中で人の住まない住居が増えたことによって先進国の成長が遅れているという発表をした。解決するには何処かの国に処理場となる場所を作らなければいけない声明をしたものの、その後の汚染問題を考えた各国は首を縦に振らなかった。

 しかし日本はこれを承諾。実は発展の遅れている先進国の中に日本が含まれていたことに加えて先程の不法住居のこともあり、日本は世界に遅れない為に新たな設備を建設するためにどうしても新たな土地が欲しかったのだ。当時の総理大臣は「世界の問題をどうしても解決したい」だの「我々は次のステージに行かねばならない」だの美辞麗句を並べて世界の首相を無理矢理納得させて国連に『ミキサー』の設置を可決させた。なんて国だ。ここまでが兆羽市の下にある『ミキサー』の話。

 それで調子に乗った政府はこの上に町を作ろうとか言いだす。理由は安全だから。舐めてんのか。でも、政府はさらにおかしい政策を出す。その町に住む住人を財政難の若年層(とその家族)として、しかも防犯付きの一軒家をプレゼントなんて言い出した。どうだろう、これでおかしいと思わない人は手を挙げて欲しい、先生怒らないから。

 当然、その若年層が通えるように学校を創立した。そこが僕らの通う合立環上学校だ。小中高が合体した学校で、兆羽市もとい『ミキサー』が出来る前にあった4市の小中高を一緒くたにしたトンデモ学校でもある。おかげで学校の偏差値は個々人によるというまさに特殊な学校であるため、文部科学省に認められているのに唯一受験で入ることの出来ない学校となっている。わけわからん。

 さらにこの町の周りにはこれから捨てる廃ビルが設置されたり、学校設立当時に偏差値の違いで起きる差別をどうにか出来なかったりなどと問題が山積みなのだが、まあどれも些細なこととして認識されているのだろう。

 それもそのはず、恐ろしいことに町の治安が悪くないのだから。




 「よし、着いたな」

 僕は約束の廃ビルにたどり着いた。チラリと腕時計を確認すると約束の時間から少し経っている。流石に帰っているかもしれないと思いながらこっそりと廃ビルの中に入ると学校の廊下でハンドサインをした、已美野やみの鈴祢すずねが埃の積もっていたであろう椅子に座って僕を待っていた。特徴的な鈴を模したヘアピンで前髪を留めていて、淡いブルーブラックの髪はキチンと肩まで切り揃えられたミディアムで、塩顔にハキハキした性格ときたものだから男子と女子の双方から受けが非常にいい。名前からネガティブな印象を与えやすいがどこに出しても問題のない美女と言える。

 「あ、海人君」

 「お待たせ」

 パッと顔上げるその顔は昔と変わらない笑顔をしている。けれど目の奥は僕と過ごしていない時間を語るかのように暗く濁っている。この町に来ている段階で何かあったのかは察するが聞く気は起きなかった。僕らの関係は『顔馴染』程度だ、『同じ小学校の同じクラス委員同士』ではない。

 「ところで已美野さん、マスクは忘れてない?無いといざって時がヤバい」

 「もう海人君!鈴祢でいいって言っているじゃん!」

 「・・・あくまでも他人行儀、一緒に探す時に決めたルールだよ。忘れたなら今日は帰るけど」

 「ちぇ、海人君のケチんぼ。学校だと話かけてさえくれないのに」

 鈴祢をギロリと睨む。持ってきたのか、持ってきてないのか。

 「はーい、ちゃんと持ってまーす。・・・もう少し気楽に接してくれても全然いいのに」

 鞄から支援品のガスマスクを取り出しながらブツブツと何かを言っている。僕も鞄からガスマスクを取り出す。


 兆羽市の周りには廃棄予定のビルが月一に配置される。ただでさえ狭い日本だ、『ミキサー』を作るだけで非難が爆発していたのにさらに廃ビルの場所をくれなんて言えば政権交代待ったなしだろう。だから『ミキサー』の上に廃ビルを積むのだ、積み木みたいに。そして毎月末日に一挙に捨てる。

 それでガスマスクが必要な理由は、持ってきた廃ビルには何があるか分からないからだ。もちろんお宝の意味ではない、未知の死因を指す。階段から落ちた程度ならまだしも科学薬品がこぼれて硫化水素などが溜まっていた部屋に間違って入ればどうなるか。そうなる危険の対策として予めガスマスクの配布と予備知識の講習(1か月)が義務付けられている。

 じゃあなんで僕らが入っているか。バイトの側面もあるが、基本的には非日常を知りたい知的好奇心の方が強い。

 「あと行ってないところどこだっけ」

 僕は持ってきた地図を広げる。どこもかしこも赤と青のチェックマークがしてある。赤のチェックは僕らが行ったところ、青は他のメンツが行ったところだ。

 学生間、特に兆羽市に住んでいる学生はこうやってビル探索をすることが多い。大体は生活費の為にバイトとして外周の積まれた危険なビルを探索しているけど、僕らは比較的キチンと設置されたビルが多い内側バイトをしている。

 理由は外周バイトとは違って、次の月に来るビルを配置する為の場所を事前に調べることと危険物を回収するのが内側バイトだ。でもこっちは給料が安く、稼げても10万そこらで外周の10分の1未満だ。あっちは生命保険とか入らされるから仕方ないけど。あと装備諸々もあるからよくかさばるらしい。

 地図は内側バイトのメンツで適宜連絡して情報整理する。これで再度探索する手間が省けるのもあるが、ビルの崩落の危険を事前に知れるのが大きい。今はまだ明るい時期だが冬になると放課後の時間は暗くなって探索しようにも探索が出来なくなる。そんな時に欲しい情報がどこのビルが危ないか、これ一つ有るか無いかで危険度がググッと下がってくれる。だから情報漏れはブーイングどころかバイトをクビにされかねない。特に外側なんてそれで死人も出てるから洒落にならない。

 「確かこのビルは危険な4階以外全部まわって、この両隣は行ったから・・・」

 「あとこのビルね・・・ってここ、例の幽霊ビルだよね?」

 鈴祢が指差したところはチェックが付いていない大きなビル。そこは昼でも幽霊が出るとされる廃ビル。噂では怪しい宗教が使っていたビルとかなんとか。実際に入った奴らは雰囲気がおかしいとか変な声に音が聞こえるとか言っていた。

 「二人しかいないけど多数決取る?僕は行っても問題ないけど」

 「むー・・・」

 しばし間があって、鈴祢は頷いた。

 「行こうよ海人君。他の人たちと鉢会いたくはないし」

 「ヨシ。じゃあ早速行こうか、意外と近いし」

 「あ、ちょっと待って」

 「なに?」

 「実は私、怖いの苦手で・・・」

 そんなこと知っているよ。お化け屋敷入るだけで泣いてたのは記憶してる。

 「手でもつなぐ?」

 「いや、えっと、それは、ちょっと・・・もう少し段階踏んでからでいいかな」

 「え、なんか言った」

 「なんでもないよ!とりあえず近くにいてよね!」

 鈴祢はそのままビルから出て行ってしまった。

 「別に手ぐらい繋いでもいいだろ。知らない仲じゃないわけだし」

 僕は忙しくなく歩く彼女の後ろ姿をため息交じりに追いかけた。




 その廃ビルは鬱蒼としていた。入口に立っているだけで大きな威圧感を胸が襲う。窓は締め切りでほとんどの窓が板で打ち付けられている。外観は悪戯書きが無く、廃ビル調査員の赤丸すらない。廃ビル調査員が入ったビルには大きなスプレー缶で赤丸が書かれる。赤丸は『この場所は既に調査済み』という証だ。それが付いていないということはまだ誰も入っていないようだ。

 (あれ、なんかあそこだけ板が打ち付けられない)

 3階の一室、板が打ち付けられてない、明らかに不自然な窓から覗くカーテンに何らかのシミがベッタリついているのが見えた。

 (これで人影でも見えれば本当のお化け屋敷だろうけど・・・)

 もしそういう展開なら他の内側バイトが入って調査をしているだろう、このバイトしている奴らは大概怖いもの見たさが多いし。鈴祢はまあ・・・違うか。

 ビルがレンガで出来ているから明らかに日本のものではないことは確かだ。一つ言えるのは集合に使った廃ビルとは違う。ここは明らかに異常イレギュラー、町にあればどういうわけか誰も近付かない、そんな雰囲気を醸し出している。そうだな、いつの間にか鬱蒼としていましたではなく、初めから既に暗い空気が漂っているタイプだ。

 「已美野さん、大丈夫?行ける?」

 「う、うん。だ、大丈夫かな」

 あ、これはダメだ。この中にホッケーマスクがいたら確実にスプラッターされる、ホラー映画でよく見るパターンだ。懐中電灯も持たせられないな。

 「とりあえず一緒に行動だね」

 「う、うん」

 グッと腕を掴まれて柔らかいものが二の腕に強く押し当てられる。羞恥心よりも恐怖心が上回ったみたいだ。改めて時の流れを感じる。

 (こうしているとお化け屋敷に入ったカップルみたいだ)

 あ、そういうことか。鈴祢がどうして手をつなぐのが嫌なのか分かった。意識すると彼女の胸の鼓動に合わせて自分の鼓動も速くなる。しかし落ち着くんだ、こういう未開の地では変に別行動するよりはこうやって一緒に行動していた方がマシなことが多い、歩きづらいけど。ホラー映画で学んだことだ。リードとか考えなくていい、ただ彼女を守ることだけ考えろ。

 (念のため400ルーメンの懐中電灯持ってきて正解だな)

 明るく照らされた目先が微かではあるものの自信が持てる。一寸先は闇よりも安心できる・・・というか400だとめちゃくちゃ明るい。

 初夏の前の、肌を蒸れさせる風が後ろから頬を撫でた。それはまるで何かの始まりのように優しく僕らの背中を押した。




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