第1章 天使は都合よく舞い降りる - 1
比較的簡単なことは、理不尽は人災であるということだ。
何と比較すればそんなことを言えるのか、もちろん天災だ。地震雷家事、親父は・・・ちょっと違うな。いや、多分間違いない。僕の親がまさにそれだから。
・・・話がズレたな、嫌なことを思い出したけど理不尽について、だ。理不尽と思うのはあくまでも人の感想。起こしている側も受けている側も、想定外という部分からやってきたから自分は悪くない、という主張をする。だから理を尽くさずと書いて理不尽。意味として出すとこんな感じ。
具体例を出すと、表示された価格で食事をしたのにいきなりサービス料としてその倍の額を求められたとしよう。しかも店側は初めから提示していたとメニューの端の小さい文字を指さすのだ。専門家に相談しても書いてあるから仕方ない、食事をした段階で解決出来ないなどと言われればどう思うだろうか?故に理不尽は人災から起きる事象なのだ。
じゃあ天災に理不尽はないのか?と言われると僕は無いと断言する。竜巻や雷はまだ観測出来るからいいものの、地震や未曾有の大災害が突然起きたらどうしようもないからだ。元から理なんてない相手に理不尽だ!と言ったとしても結果は見え透いている。ただの虚しい遠吠えに・・・おっと。
足音が止まる音がした。そろそろ人災が起きる。
僕は曖昧な意識の中で作り出した持論を投げ捨てて、体の前に予め立てて置いておいた教科書を引いて自分の頭の上に倒す。するとポスッという音と共に頭の上に衝撃がくる。その後をイラついた舌打ちが追ってくる。
「山河……貴様、寝ているなぁ?」
「a=2です。仮定は長いので省略します」
顔は見ない。下手な挑発になるからこういう時は顔を見ないで答えた方がいい。コイツは典型的な教科書タイプ、教科書に書いてあることしか板書しない。そんな奴がわざわざ赤本から持ってきた問題をスラスラ解答出来るわけがない。その答えが正解であるかのように放課後を告げるチャイムが鳴る。
「こ、この問題はレポートとする・・・・!」
教室中に面倒くさそうな悲鳴が起きる。
これまた嫌な捨て台詞。先生、それはパワハラに当たりますよ?などと煽ればさらに悔しがるだろうが、そのあとどうなるかは想像に難くない。
「あーあ、これでまた川口に愚痴られるぞ」
声をかけてきたのは
「まああの新任は俺も気に入らない。あのキザな態度が鼻につきすぎて花粉症になりそうだ。それにクラスの連中もさっきの山河の行動を見てスカッとしてるはずだぜ?なにせこっちに来て早々テスト三昧でロクに授業なんてやりゃしねぇ。教えるのも下手クソで試しに質問すれば教科書を見ろ、だからな。いくら人手が足らないからってあんなの招いちまったら質が落ちるってもんだ」
「・・・そんな質なんてないだろ、うちの学校」
「言ってやるな、兄弟。質なんてないようなもんだが一応は学校だ、学び舎には変わりない。だが仕事はしてもらわないとアレに金出す国の方が可哀そうに思えちまう」
うーん、コメントし辛い。黒曜がこういうやつなのは知っているが、よくリンチにされたりしないもんだ。こんなに口がよく回ったら週一でよく分からない連中から因縁でもつけられそうなんだよなぁ。でも案外コイツみたいに口が回れば世の中を上手く生きていけるのだろう。その分、不幸になる人も出るだろうが。
「何か失礼なこと考えておりませぬか、お代官様?」
「考えてないでおじゃるよ、摂政殿」
「・・・ゴホン、それはそれとしてよくアイツの出した問題が分かったよな。山河は勉強得意な方だったっけ?あと出題本言ってくれ、レポートに丸ごと移すから」
「・・・・・・・・・・・・・」
実は休み時間に川口先生に呼び出されて職員室で過程と解答を見ていたことは黙っておこう。出されるタイミングこそ分からなかったものの、アイツの性格上、絶対最後の方に指名してくるだろうなーとアテはついていた。もし授業終了前で無かったら、適当に公式を並べて時間稼ぎするつもりだったし。
「・・・図書室のデータベースにある『○○大学法学科2028年度』の数3の問一かな」
「おけ。あとでクラス全員に送信しておく」
黒曜はそのまま耳元のイヤホンを操作する。するとクラスにいた何人かが廊下に出て行った。玄関と図書室は反対方向にある。問題の解答がさらされるのも時間の問題だろう。
「んじゃ、俺は帰るが山河は一緒に来るか?俺の家の近くでやってるフリマでいい形の湯呑みが売られるみたいでよ」
僕は首を横に振った。今日は約束があるからだ。
「・・・予定があるかな」
「あー了解。今日は例の場所に行くんだな。気をつけろよ」
軽く頷いて席を立つ。あと変にいちゃつくなよ、と軽い肘鉄を肩に食らう。そんなことしないよ、ただの小学校の馴染なだけだ。
視線を感じないからまだ彼女も支度は終わっていないのだろう。廊下に出ると担任の川口が仁王立ちをしていて待っていた。その身長は僕の頭二つ分高い。ヨレヨレのワイシャツの上に白衣を着ていて、白髪の痩せぎすに酷いクマが刻み込まれた顔は奪衣婆と間違えそうなことからクラスでは黄泉川口(黒曜命名)と呼ばれている。
「・・・・・・」
「・・・・・・(にっこり)」
皴がある顔からの笑顔は人を恐怖に追い込みそうな形相と化している。泣く子も黙るどころか失禁して泡を吹くレベルだぞ、慣れているけど。心当たりはある。おそらく先程の授業のことだろう。
「・・・せ、センセイ、サヨオナラ」
逃げようと横を抜けようとしたタイミングで襟首を掴まれた。
「逃がすわけないだろ?とりあえずこっち来い」
そう言って僕は廊下をズルズルと引きずられる。川口に引きずられるなんてことは学校では日常茶飯事みたいなもので、もはや僕に視線を向ける生徒はいやしない。過去に力勝負を仕掛けたが片手で投げ飛ばされた。その枯れかけたウドみたいな体のどこにそんな力があるんだ、と毎回思う。
そこで誰かが僕を見ている視線に気が付いて横を向くと友達に囲まれている古くからの顔馴染がいた。彼女は友達の前というのもあってか興味なさそうな顔をして僕の方を一瞥する。
あとで行く、ハンドサインを送ると彼女は頷いて自分の教室に戻っていった。これで遅れることは伝わったはずなので一安心だ。
「はぁ・・・」
僕は引きずられながら天を仰いだ。
「なるはやでしくよろ」
「アハハハ、面白い冗談だ、海人」
この後小一時間、担任に絞られた。あとなんか余計な事務仕事もさせられた。これを理不尽と言わずして何という。えっ、自業自得?
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