第33話
読む前にご注意。
ちょっとだけえっなのを想像させる要素があります。ご注意ください。あとなんかオマケあるけど読まなくてもいいよ。
「……はぁ…………」
日はとっくに暮れ、月は雲を煌々と照らす。
この国の、大都心のド真ん中で、俺はため息を付きながら帰路に着く。
酒に酔いつぶれ奇声奇行に走る若者と、それを指導する警察と。永遠と走ってるのかというくらいに途切れがない車と、静かに消える部屋の明かりと。そして、俺の手の中にあるガサガサと煩い小さな小袋と。
ここに来てしばらくどころか、何十年経ったか忘れるほどに人の言動に律せられて、縛られて流されてきた。だからこそ、夜は、嫌いだ。この国は、夜になったほうが煩いと、醜いと、習知しているからこそ俺は夜に出歩かない。
……じゃあ、何で夜に出歩くのかって?別にいいだろ、そんなの。
しばらく歩いて、アパートが見えた。
いつもながら、このオンボロアパートは俺以外誰も住んではいない。その誰もには、もちろん大家も含まれている。不法侵入?違うな、有効活用ってやつだ。
すっからかんのアパートの駐車場を横切り、階段を下る。そこに見えたは既に捨てられた地下歓楽街もとい商店街。
「ここも、随分と廃れたもんだ……」
つい十年と少し前まで栄華を誇った裏社会のドンだかなんだかが仕切っていた歓楽街、商店以外にまだ15にも満たない女が文字通り体を売る違法な店もあれば、普通に美味い飯を作る飯屋もあった。そこの組が街ごと潰されてから久しく経ち今こそ廃墟だが、探せば缶詰やら、『ブツ』やら出てくることだろう。
さらにそこを突っ切り、エレベーターの入口にたどり着く。
表示が擦り切れたボタンを押せば、音割れしたチャイムとともにこれまたオンボロなエレベーターが現れた。これならあのやたらと誇張的な一昔前くらいの入口が柵製のエレベーターの方が良いかもしれないな。
エレベーターに乗り込み、またもや擦り切れたボタンを押し込む。ガガン!と衝撃と轟音がなり一拍置いてエレベーターは速度を上げて下に降下して行く。
着いた先は、地下3階。
こんなところに部屋なんかあるのか、無いなら来てないが。
このアパートは、地下2階までは飾りだ。本命はここ地下3階。ここは「存在しない階」として存在している。いわば都市伝説とでも言おうかね。んでもって確証が無いんで警察はおろか厄介な連中もここならいくら俺が不法侵入だとしても手を出せない。
「365……365……」
部屋番号を見ながら扉を何個も通り過ぎ、やがて「365号室」と札が立てられた部屋の前に立つ。
「さて、鍵……鍵……ん?」
鍵、無いな。え、あれぇ?
「……どーすっかなぁ…………」
ガチ、と鍵が開く音がした。
そのまま扉は小さく開き、チェーンロックの先から1人の少女が顔を覗かせる。
「……おじ、さま?」
長く綺麗な黒髪に、朱色のフレームの眼鏡と整いすぎて人形にも見えるほど黄金律な顔。少女は俺を見ておかえりなさい、とチェーンロックを外して部屋に入れた。
「遅かったですね、おじさま?」
少女は纏ったセーラー服のスカートをふわふわ浮かせながら振り向いて問いかける。
「え、あーいやね、おじさん夜散歩好きでねぇ?」
「以前、夜は得意ではないとおっしゃっていたような……?」
「……(視線ずらし)」
「おじさま、嘘はいけません。」
「あー、はいはい分かった。分かったよ……」
俺は手に持った小袋を少女に渡す。
少女は一瞬戸惑いながら、丁寧にテープを剥がして小袋を開けた。
「これは……」
その中身は、一冊の小説。
「欲しいって言ってたろ?えーとなんだっけあんころ餅みたいな名前の作家の……」
「『あんみつまめ』さんですよおじさま。」
「あーそれだそれ」
「もう……」
もう一度、少女は手に持った小説に視線を落とす。
「あの……何故これを?」
「何故って……欲しかったんじゃないか、それ。買い物で本屋の近く寄るたびに見てたよね?」
「それは……そうですが」
「何買えばいいかわからなかったからとりあえず特装版?とかいうの買ったんだよね。」
「お高いの分かって買ったのですか!?」
「え、うん。」
あっさりした答えに拍子抜けしたのか、少女は脱力したようにため息をついた。
「おじさま、お気持ちはとてもうれしいです。ですが、自分の身を粉にして稼いだお金を私になんて……」
「あーあー何も聞こえなーい」
「おじさまちゃんと話を聞いてくださ」「それより、早く読んどいたほうがいいんじゃない?今日が最後なんだからね」
部屋が静まり返る。
俯き、髪で顔が隠れてしまった少女の表情は分からなかった。
「あ、そうだ」
その静寂を振りほどいたのは、俺だった。
「お風呂、たぶん入ってないよね?これから銭湯にでも――」
鈍い衝撃が全身を打つ。それと同時に酸素が肺から勢いよく出された。なにが?
その言葉が終わる前に?
俺は床に崩れた?
……いや、押し倒されていた。
「秋……?」
目の前で俺の両肩を尚掴みながら四つん這いになっている少女は、未だに顔が髪で見えなかった。かちり、と眼鏡が俺の胸上に落ちる。
「おじさま」
凛と、静かな声が部屋に響く。
「私、言いましたよね」
その声は、何の感情だろうか。
「私に、無駄にものを渡しても、どうにもならないって」
怒りか。
悲しみか。
彼女の顔から、きらめく何かが落ちた気がした。
「なのに、なのに……なぜ、貴方は」
――あぁ、また間違えた。
何回間違えれば気が済むのかね、俺は。
やっぱり、俺には他人を世話する素質なんざ
「――世話焼きな、お人」
「え?」
いやほんと、無意識に素っ頓狂な声が出た。
否定されるわけでもなく、発狂されるわけでもなく。
肯定、された。
「でも、私の言うこと破ったのは約束違反、です。」
「え、あぁうん」
「なにかおしおき、しなければいけませんね?」
「……え、えぇ。おじさん、罰ゲーム得意じゃないよぉ?」
冗談です、と彼女は軽く笑って起き上がって眼鏡をはめる。
そして、床に落とした本を拾い上げる。
「でも、この本を読むのはまた今度、ですね。銭湯もですけど」
「それってどういう……むぐ」
立ち上がった俺が言い終わる前に、彼女は俺の口になにかを突っ込んだ。
反射的に戻そうとする……のをこらえて咀嚼して、飲み込む。
「おいしい」
そんな感想が出た。彼女はまた軽く笑った。
「おじさま、以前食べたいとおっしゃってましたよね?えぇとたしか……ニッコロガシ?」
「わぁお、まさか作ってくれるとは思わなんだ。おじさんうれしいねぇ。」
「ご飯も炊けたので、一緒に食べませんか?」
「……」
言葉を失った。まさかここまで俺のことを認識してくれていたなんて、感激だ。
「――あの、おじさま?」
「え?うん。大丈夫だよ。さぁて、いっぱい食べようかなぁ?」
これはとある世界、とある国、とある都市、とあるマンションのとある不思議な二人組の、たった一晩の会話。
ついに秋は過ぎ、冬が始まる。
ぴりりぴりり、とケイタイのアラームが鳴る。
「……ん、朝か」
俺はいつ入ったかもわからない布団から起き上がる。と同時にもう一人、同じ布団から起き上がってくる。
肩で切りそろえられた青白い髪。
いかにも冷たそうな白い肌。
そしていまにも折れそうなか細い身体とつつましい肉付き。
昨晩までとは何もかのが違う少女が、そこにいた。
「起床」
しん、と少女は声を発した。そして、俺と自身の身体を見比べるようにして数秒だまる。
「うん、おはよう」
「……確認。」
「なにをかな?」
「何故私たちは衣類を身に着けていないの」
「……あ、あー。ほら、秋はあったかいからね」
「今日から冬であることは彼方も認識しているはず」
「あ、そうだ今日は仕事だったなぁ。そろそろ行かないと」
「行かせない。説明を要求する。」
「いやぁ昨日のお酒で記憶飛んじゃったかなぁ?」
「彼方のアルコールの類への耐性は高い。そんなことはあり得ない。」
「えぇ……」
そうして、雪は降っていく。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
第二話、完。と。
さて、ここまで読んでいるということは、オマケに興味を惹かれてしまったということかな読者達。
はじめまして。というべきかはわからないが、とりあえず挨拶をば。
私はMasterММ。とある酒場の店主だ。
君たちの読んだ世界ような可能性を観察、記録している本人だ。
と、言っても神にも遠く及ばないけどね。私はただ見るだけなのだから。
さて、君たちが読んだ世界、それは一種の可能性だ。
もしかしたら、君たちが知らないだけで現実にもあるかもしれない、そんな感じのものだ。
ま、今回の可能性はこの世界では起きないみたいだけど。もしこの世界で起きたなら……そうだな。もし君たちが目撃したなら、私の酒場に来るといい。きっと、満足するものを出してあげよう。お代はもちろん、君のお話だけどね。
では、良い夢を、我が読者達。
#季節の娘
#脈絡印のハンコ
MasterMM公式設定資料 脈絡ブレイカー ツヴァイ! @Mastermm
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