第二章:10話 荒れ狂う憤怒の地と、世界の片隅の日常

 ​恭平がアザゼルから得た情報を手に、憤怒のダンジョンの裏ルート開拓を進める裏側で、中国の冒険者たちは、ロードの「効率的な怒り」の管理体制下で、極度の緊張を強いられていた。一方、その他の地域にいる普通の冒険者たちは、世界の根幹で進行するダンジョンマスター間の戦争を、単なる「景気の変動」や「トップニュース」として捉えていた。


​1. 中国・憤怒のダンジョン:規律と恐怖


 ​憤怒のダンジョンは、常に外部への侵攻準備を進めているため、内部は軍隊的な規律に支配されていた。ロードの哲学である「無駄な騒音と無秩序の排除」は、一般の冒険者にも徹底されていた。

​Cランク斥候パーティ「鉄の目」のリーダー、リュウ・ウェイ(28歳)は、今日もダンジョン内の資源採集エリアで、息を潜めていた。彼の仲間たちは、常に顔を引き締め、最小限のジェスチャーで意思疎通を図る。

​「リュウ、今日のノルマはあと『怒りの結晶』を3つだ。時間をかけすぎるな。ロードの警備隊は、『非効率な動き』を即座に排除する」メンバーのリンが、低い声で耳打ちした。

​憤怒のダンジョンでは、「立ち止まること」や「無意味な会話」は、ロードの哲学に反する「無秩序な行動」と見なされ、警備隊に発見されれば容赦なく罰せられる。罰とは、「最も効率的な破壊」を体現した、凄まじい魔導兵器による攻撃だ。

​リュウは、手のひらに汗を握りながら答えた。「分かっている。最近、ロードが何か外部からの『汚染』を警戒している。警備の動きが以前より『速く、静か』になった。おかげで、探索の難易度が跳ね上がった」

​彼らが感じている「汚染への警戒」とは、恭平が暴食のダンジョンで行ったマグネタイト貯蔵庫の侵入、そして、アザゼルが持ち込んだ情報によるロードの「被害妄想」の増大だった。しかし、リュウたちにとっては、その原因が世界の裏側で動く一人の卑屈な逃亡者によるものなど、想像もつかない。

​彼らの関心は、ただ一つ。「最小限の時間を使い、最大限の素材を獲得し、無事に生還する」という、『憤怒のロードが強いる効率』を達成することだけだった。

​「噂を聞いたか?最近、ロードの最も効率的な『行軍路』の裏側で、『無価値なゴミの山』が増え続けているらしい。ロードは、そのゴミを処理する『無駄なコスト』に、激怒しているそうだ」リンが、獲物の解体中に囁いた。

​リュウは、それを聞いても表情を変えなかった。「我々の仕事ではない。我々は、『価値ある資源』のみを追い求める。『無価値なゴミ』に興味を示せば、それこそロードの怒りを買う『最大の非効率』だ」

​彼らにとって、恭平の行動は、たとえロードを困らせていたとしても、自分たちの「安定した稼ぎ」には繋がらない『無意味な混乱』でしかなかった。彼らは、常に「目の前の規律と報酬」という現実だけを信じていた。


​2. 世界各地:ダンジョン景気の波


 ​憤怒の地での殺伐とした日常とは対照的に、他の地域の普通のダンジョンでは、冒険者たちが「世界の動向」を、経済的な波として捉えていた。


​A. 日本・暴食のダンジョン周辺:経済不安

​暴食のダンジョンが情報統制を強めた結果、ダンジョン周辺の都市経済は低迷していた。

​「ブルースターズ」のケンタは、ダンジョン外の取引所で、ため息をついていた。

「見てみろ。低ランク魔物の素材価格が、暴落している。ロードが魔物の湧きを絞っているせいで、素材の品質が安定しないんだ」

​「トップランカーたちは、海外のダンジョンに流れているらしいよ。『強欲のダンジョン』のあるウォール街では、魔石の取引価格が高騰しているとか」ミユキが、国際ニュースの速報を見ながら言った。

​彼らは、暴食と強欲のマスター間の経済的な駆け引きを、単なる「市場原理」として解釈していた。恭平がマグネタイト貯蔵庫に侵入した影響で、ロードたちが資源を分散・隠蔽し始めたことが、彼らの「安定した生活」を直撃していたのだ。彼らにとって、世界の危機とは、『生活費の高騰』と『収入の不安定化』だった。


​B. 南米・小規模ダンジョン:無関心の安寧

​南米の小規模なゲート型ダンジョンを攻略する冒険者たちは、さらに世界の戦争から遠い場所にいた。彼らにとって、七つの大罪のダンジョンは、遠いニュースの中の「伝説」だ。

​Dランク冒険者のオスカーは、今日の獲物である小型魔物の魔石を手に、鼻歌を歌っていた。

「大罪のダンジョン?そんなもの、我々には関係ない。俺たちは、このダンジョンの資源が、『地元の村の生活』を守るために必要だ。トップの英雄たちが世界の命運を賭けて戦おうが、俺たちには、『今日のパンと家族の安全』だけが全てだ」

​彼らの視界に映るのは、半径数キロの生活圏だけ。世界の裏で悪魔が囁き、卑屈な逃亡者が命を賭けていることなど、彼らの『平凡な日常の安寧』を乱す、『無価値な情報』でしかなかった。

​恭平の「安寧のための努力」も、英雄たちの「世界を背負う重圧」も、そして憤怒の地の冒険者の「規律の中の恐怖」も、世界の片隅の普通の冒険者たちにとっては、『自分の生活には関係のない、遠い世界の物語』に過ぎなかった。彼らは、自分たちの手の届く範囲の「小さな戦い」と「小さな稼ぎ」にのみ集中していた。

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