第四章:32話 (スネーカー視点)英雄の悲劇と、卑屈な漁夫の利
スネーカーは、自身の持つ最新鋭の装備に絶対の自信を持っていた。カメラの前で披露する流麗な剣技と、視聴者の歓声が彼のエネルギー源だ。彼は、恭平から送られた裏ルートを、あくまで「自分に与えられた特別なステージ」と捉え、その通路に華々しく突入した。
彼の魔導ブーツが、通路の中央を蹴り抜ける。足元に残る光の軌跡は、カメラ越しに最高の見栄えだ。彼は、魔導剣から派手な光を放つ魔力波を放ち、周囲のわずかなスライムを蒸発させた。
キュオォン! 剣閃が空気を裂く。
その瞬間、スネーカーは全身に電流が走るような激しい拘束感に襲われた。彼の派手な魔力発動は、傲慢の術師団が敷設した緻密な魔法結界のトリガーだった。通路の壁面から、無数の純白の光の鎖が、まるで生き物のように飛び出し、彼の四肢、胴体を、高速で幾重にも巻きつけていく。
「な、なんだ!?この野郎、俺の動きを止めようってのか!」スネーカーは驚愕し、強化された肉体で抵抗を試みるが、魔力的な拘束は彼の筋肉の動きを完全に封じた。彼は、まるで美術館に飾られた愚鈍な彫像のように、その場で動けなくなった。
直後、通路の奥から、傲慢の術師団が現れた。彼らは、銀糸の刺繍が施された優雅なローブを纏い、拘束されたスネーカーを冷たい、侮蔑に満ちた目で見下ろす。
「低俗な道化め。我らの偉大なダンジョン内で、無秩序な魔力を振りまくとは。貴様の『英雄願望』は、ダンジョンにとって最大の汚点だ。静かに消え失せろ」
術師団の一人が杖を振り上げると、拘束されたスネーカーの周囲に、鋭利な魔力の刃が高速で回転し始めた。刃は、スネーカーの自慢のアーマーに触れる寸前まで迫る。
「くそっ、助けろ!誰か!この英雄を助けろ!俺は日本の平和を守ってるんだぞ!」スネーカーは、カメラがまだ回っていることすら忘れ、助けを求めて必死に叫んだ。屈辱と、死への恐怖が、彼の「英雄の仮面」を剥ぎ取った。
その時、スネーカーの視界の隅、彼が来た方向の暗い通路の陰から、一つの黒い影が動いたのを捉えた。
次の瞬間、彼の耳を突き刺すような、不快で汚い高周波の電子音が空間を切り裂いた。
ヴヴヴヴヴ……キィィィィン!
傲慢の術師団は、一斉に顔を歪め、両手で耳を覆った。彼らの優雅なローブの下から漏れる魔力制御が、その無秩序なノイズによって乱され始めた。
「な、なんだこの汚い魔力は!結界が乱れる!この低俗なノイズは排除しろ!」
術師たちが、ノイズへの対処に気を取られ、目線を上や横に向けた、わずか一瞬の隙。
スネーカーは、影から放たれた、二筋の銀色の閃光を見た。それは、爆音もなく、派手なエフェクトもなく、ただただ正確無比な、金属弾の軌跡だった。
ダッ!ダッ!
狙撃は、スネーカーの体を拘束している光の鎖ではなく、その鎖に魔力を供給していた、壁の微細な魔力ノードをピンポイントで破壊した。光の鎖は、パチンという音もなく、魔力を失い、霧散した。
スネーカーの体が、地面に崩れ落ちる。解放された彼は、その「卑屈で効率的な介入」を行った影の主を凝視した。
そこにいたのは、数日前に彼が嘲笑し、無視した、深い隈のある顔の男――佐倉恭平だった。彼は、自身の安全を確保できるはずのレールガンを構えながらも、一瞬たりとも傲慢の術師団と目を合わせることをせず、拘束が解けるやいなや、即座に身を翻した。
「逃げろ!低俗な道化め!死にたいのか!」
恭平の罵声は、スネーカーを助けるという感情ではなく、「囮が役割を果たす前に壊れるな」という、冷たい命令だった。
傲慢の術師団は、ノイズと結界の破壊に逆上し、恭平が逃走した通路へと、強力な追跡魔法を放った。彼らにとって、この卑屈な「魔力ノイズ」の発生源こそが、最も許しがたい侮辱だったのだ。
スネーカーは、立ち上がった。全身の震えは、恐怖と、そしてそれ以上の屈辱だった。
(あの野郎……あの貧乏くさい、隅っこで石を削っているような奴に……俺が、命を助けられただと?しかも、あの汚い、派手さのかけらもないやり方で!)
彼の「英雄願望」は、ズタズタに引き裂かれた。自分が危機に瀕した時、救いに来たのは、視聴者でも、強力な仲間でもなく、自分が最も軽蔑した「卑屈な裏切り者」のような男だった。
しかし、その屈辱は、すぐに燃え盛る「傲慢」へと変わった。
「くそっ、誰にも見られていない!俺を救ったのがあんな鼠だなんて、誰にも知られてたまるか!」
スネーカーは、恭平が『囮』として逃げた方向とは逆の、暴食のロードの謁見の間へと、再び走り出した。彼の心には、恭平への激しい憎悪と、「自分が真の英雄であること」を証明したいという、病的な執着だけが残っていた。
「待ってろ、暴食のロード!この屈辱は、お前との会合で晴らしてやる!そして、あの卑屈な鼠も、いつか必ず踏み潰してやる!」
スネーカーは、自分の傲慢が、恭平の計算通りに動かされていることを知らず、彼の最大の目的である**「ロードとの会合」**という舞台へと突入していくのだった。
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