第四章:33話 暴食のロードとの密談と、予期せぬ報せ
恭平は、傲慢の術師団の追跡を、ダンジョンの汚水処理区画を経由することで完全に振り切った。彼の全身は、汚泥と疲労で覆われていたが、その瞳は鋭い光を放っていた。
彼は、スネーカーが向かったであろうロードの公式な謁見の間とは別の、暴食のダンジョン最深部にある「食糧庫」の裏の通路を進んだ。そこは、かつて恭平がマグネタイトを採掘し、グラトン・ベヒモスから逃走した場所だ。
通路の奥の、分厚い生体組織の壁を恭平が特定の術式で叩くと、壁は粘液を垂らしながらゆっくりと開き、隠された空間が現れた。
その空間は、巨大な洞窟状の部屋で、中央には、肥大化した肉の塊のような存在が横たわっていた。それが、日本の暴食のダンジョンマスター、「グラトニー・ロード」だ。ロードは、恭平を見ても体を起こすという労力すら惜しみ、ただ巨大な舌を舐め、恭平の持つマグネタイトの微かな魔力を貪欲に感じ取っていた。
「……来たか、卑小な人間。私の食糧庫を荒らした鼠が、今度は何の用だ」ロードの声は、重く、空間全体を振動させた。
恭平は、ロードの威圧的な魔力に動じることなく、冷静に切り出した。
「私は、貴方に『安全』を売りに来た。強欲、傲慢、憤怒の同盟が、このダンジョンの資源全てを奪うために侵攻を始めた。貴方の『安寧』と『飽食』は、彼らによって脅かされている」
ロードの巨大な瞳が、恭平を鋭く見つめた。「その情報は、既に知っている。そして、貴様のような卑屈な鼠一匹が、何を提供できるというのだ?」
「私は、貴方のダンジョンの裏ルートを熟知し、貴方の安寧を乱す『異物』を排除できる。つい今しがた、貴方のダンジョンの公式ルートに侵入した、『目立ちたがりの英雄気取り』の人間と、彼を追う『傲慢の術師団』。彼らは、貴方の『飽食』の原則を乱す、最も非効率な存在だ」
恭平は、スネーカーと傲慢の術師団の状況を、詳細にロードに伝えた。
「私は、彼らの動きを封じ、貴方への『安寧』を保証する。その代わり、貴方からは、私への『恒久的な安全の保証』と、『マグネタイト採掘権の独占』、そして『他マスターのダンジョン情報』を要求する」
ロードは、恭平の提示した、極めてドライで、効率を追求した提案に、わずかに興味を示したようだった。
「ふむ……最小限の労力で、邪魔者を排除し、安定を得る。君の提案は、私の『飽食』の哲学に反しない。私にとって最も重要なのは、『安定した食料供給』と『安寧』だ。君の要求を、飲もう」
ロードが、恭平との秘密の契約を固めようとしたその瞬間、空間全体に、異様な魔力の奔流が走り抜けた。
ゴオオオオオ……!
それは、グラトニー・ロードの魔力でもなく、恭平の魔力でもない。遠く離れた場所から発せられた、一つの大罪のダンジョンマスターの交代を示す、強烈な波動だった。
ロードの巨大な体が、初めて明確な動揺を見せた。
「何だと……この魔力の奔流は……!」
恭平の魔導端末が、自動的に国際緊急速報を受信した。
『【超速報】イタリア「嫉妬」のダンジョンマスター、「エンヴィー・ロード」が、日本の冒険者パーティ「真紅の刃」により討伐されました!嫉妬のダンジョンマスターが、人間側の冒険者によって倒されたのは史上初!世界情勢は一気に混沌へ!』
その速報に、恭平は信じられない思いで立ち尽くした。
「嫉妬のマスターが……人間の手によって……!」
グラトニー・ロードは、驚愕から即座に恐怖と怒りへと感情を変えた。
「馬鹿な!人間が、嫉妬のダンジョンマスターを倒すなどありえない!……いや、あの嫉妬のロードは、常に『最も嫉妬される英雄』を求め、わざと自分を狙わせるという、最も非効率な『自己破壊的な戦略』をとっていた。そして、その罠に、真の英雄がハマったというのか!」
ロードは、恭平に向かって叫んだ。
「人間!この魔力の奔流は、嫉妬のダンジョンが、『強欲のロード』に吸収されたことを意味する!強欲の勢力は、これで色欲、嫉妬、そして本来の強欲の三つの大罪を統合した!彼らは、私の想像以上に速く、巨大な力となっている!」
恭平の顔は、青ざめた。彼の「安全第一」の計画は、すべて、この予期せぬ事態によって崩壊した。強欲の統合勢力は、もはや恭平の小細工や、暴食のロードとの協定で対抗できるレベルを超えていた。
「くそっ……俺の貯金が……」
恭平は、自分の安寧が、世界の混沌によって完全に脅かされたことを悟った。彼は、今、この巨大な戦争の中で、自分の「逃走経路」を、根本から見直す必要に迫られていた。
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