第三章:23話 生還と、究極の「怠惰」からの覚醒
恭平は、怠惰のダンジョンの出口ゲートを抜けると、そのまま倒れ込んだ。全身の疲労は極限に達し、呼吸すら困難だった。しかし、彼の顔には、安堵とは異なる、ある種の達成感が浮かんでいた。
『マスター。生還おめでとうございます。今回の逃走により、貴方様の「生存への執着」は、非常に高いレベルに達しました。私も再び魔力を微弱ながら蓄積し始めています』
チキンソードの声は、ビジネスパートナーとしての恭平の成功を評価しているようだった。
恭平は、地面に横たわったまま、荒い息を整える。彼は、怠惰のロードの究極の支配を目の当たりにしたことで、自分の「怠惰」の根源と、その危険性を理解した。
「……あのロードは、俺の『楽に稼ぐ』という信条の、究極の姿だった。もし、あのままあの場所にいたら、俺は二度と動く気力を失い、貯金どころか、全てを失っていただろう」
彼の「怠慎」(慎重さの裏にある怠慢)は、過去のトラウマから生まれた生存戦略だったが、怠惰のロードの支配は、その生存戦略すらも呑み込むほどの、『絶望的な無気力』だった。
恭平は、そこで、自身の「怠慢さ」に強く抗う決意を新たにした。
「チキンソード。お前は俺に『怠惰』を勧める。だが、俺の『安全第一』は、世界の変動から逃れるために、『努力する』必要があると教えている。これからは、お前の哲学に従いつつも、それに逆らう」
『それは矛盾しています、マスター。私の哲学は、貴方様の『最小限の労力』を推奨します』
「ああ、そうだ。だが、その『最小限の労力』を計算するために、俺は『最大限の知識と準備』をする。そして、俺にとって最大の『怠惰』とは、世界がどうなろうと関心を持たず、ただ腐っていくことだ。俺は、それを拒否する」
恭平は、身体が動かないまま、魔導端末を取り出し、アザゼルにコンタクトを取った。
メッセージ:{アザゼル。怠惰のダンジョンマスターの支配構造に関する情報収集完了。対価を渡す。}{要求:強欲のロードに関する最新情報。彼の次の標的はどこだ?}
アザゼルは、予想通り、すぐに恭平の周囲に姿を現した。彼は、恭平の極度の疲労と、その瞳の奥に宿る新たな決意を見て、満足げに笑った。
「再び、生還したか、恭平。君の『逃走への執着』は、本当に見事だ。そして、怠惰のマスターの魔力に触れながら、正気を保っている。君の心は、もはや『後悔』や『怠惰』といった一辺倒な感情だけではないようだ」
「契約を履行しろ、悪魔。俺の心の内など、対価として受け取るだけで十分だろう」
恭平は、怠惰のダンジョンで採掘したマグネタイトの結晶(品質は高くないが、レアリティは高い)をアザゼルに差し出した。
アザゼルは、それを悠然と受け取り、恭平の求める情報を提供した。
「強欲のロードは、色欲の支配権を併合したことで、その勢力を倍増させた。彼の次の標的は、『最も安定した資源を持つ』場所だ。そして、彼は、傲慢のロードと、憤怒のロードに対し、『同盟』を提案した」
「同盟……七つの大罪が、三つの勢力に集約されるのか」
「その通り。そして、その同盟の最初の共同作戦のターゲットは、『日本の暴食のダンジョン』だ。暴食のロードは、人間との共栄を望む『安定派』だが、強欲は、その資源と支配権全てを欲している。そして、憤怒は、彼らの『邪魔者』を排除することを望んでいる」
恭平の故郷が、大罪戦争の次の舞台となる。そして、憤怒のロードが、暴食のダンジョンで排除したい『邪魔者』とは、恭平が傲慢のダンジョンで仕掛けた混乱により、憤怒の軍勢の監視対象となった、恭平自身を指す可能性が高かった。
「……つまり、俺は、逃げ帰る場所すら失ったということか」
アザゼルは、恭平の絶望的な状況を前に、皮肉たっぷりの笑みを浮かべた。
「君の『安全な老後のための貯金』は、もはや国内では不可能だ。君は、自分の意思とは関係なく、世界最大の戦争に巻き込まれた。さあ、恭平。次はどうする?『怠惰』に浸るか?それとも、『最大の努力』で、全てから逃れる道を模索するか?」
恭平は、アザゼルを見据え、静かに答えた。
「俺は、『貯金』を守る。そして、俺の故郷を、あの三つの大罪のダンジョンマスターに荒らされるのは、『最も非効率で、腹立たしい事態』だ。俺は、日本へ戻る」
彼の瞳には、疲労の色を超えて、明確な目的意識が宿っていた。彼は、もはや「逃げる」ただけの存在ではない。彼は、「逃げるための努力」を駆使して、戦いの舞台へと、自ら足を踏み入れることを決意したのだ。
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