第三章:22話 怠惰のロードの覚醒と「最小限の抵抗」
恭平のレールガンが放った高初速の弾丸は、正確に怠惰のロードが横たわる巨大な水晶ベッドの基部――魔力制御の最も脆弱な接合部へと命中した。
キンッ!
甲高い金属音とともに、水晶ベッドから一筋の亀裂が走る。恭平は、この一撃がロードを討伐するのではなく、彼の「怠惰の結界」を破り、強制的に意識を覚醒させるための、「最小限の労力による最大の効果」を狙ったものだった。
亀裂から、一気に制御不能になった「怠惰の魔力」が噴出する。その魔力は、恭平が身に着けている対魔力フィルターをやすやすと貫通し、彼の意識を再び強烈な眠りへと誘う。
「ぐっ……ま、まだだ!」
恭平は、瞼の重さと、全身の倦怠感に耐えながら、歯を食いしばる。彼の目の下の隈は、極度の疲労と魔力干渉で、最早痛々しいほど青黒い。
ロードの目は、完全に開き、その瞳に初めて明確な「不快感」が宿った。彼は、まるで面倒くさいハエを追い払うかのように、手をわずかに動かした。
その動作一つで、空間全体の魔力密度が急激に上昇する。ロードの周囲に、巨大な黒い影――ロードの魔力によって具現化した、「無気力の権化(アパシー・ゴーレム)」が現れた。このゴーレムは実体を持たず、接触した生命体のエネルギーを吸収し、動く意思を奪う。
ゴーレムは、ゆっくりと、しかし確実に恭平へと近づいてくる。その動きは遅いが、恭平の体が既にチキンソードの反動で限界に近い状態では、逃げ切るのは困難だ。
『マスター!危険です!この魔力に触れれば、貴方様は永遠の『怠惰』に囚われます!戦闘は避けてください!』
チキンソードの知性が、激しく警告する。
「分かっている!正面衝突は、最も非効率な選択だ!」
恭平は、レールガンを脇に抱え、術式ナイフを抜き放った。彼は、ゴーレムに立ち向かうのではなく、その巨大な影の、最も魔力密度が薄い側面へと、全速力で「逃走」を開始した。
彼の逃走ルートは、予め魔導端末で分析しておいた、ロードの結界魔力の波が最も薄くなる、水晶ベッドの背後へと続く通路だ。
ゴーレムは、恭平の逃走を追うが、その動きは鈍い。それは、ロード自身が「追跡する労力」すら惜しんでいる証拠だった。
恭平は、通路に飛び込む直前、最後の悪あがきとして、携帯していた「魔力干渉グレネード(科学武器)」を、ゴーレムの中心へと投げつけた。
シュッ……カシャン!
グレネードは炸裂し、瞬間的に魔力波を乱す。ゴーレムは、一瞬動きを止め、その輪郭が揺らぐ。
「効いた!やはり、お前の『怠惰な結界』は、科学的な干渉を完璧に拒否する労力を惜しむ!」
恭平は、その一瞬の隙を逃さず、通路へと滑り込んだ。
ロードは、再び深い不快感を顔に刻んだ。
「……無駄な労力を使う、下等な存在め。なぜ、安寧を求めない?」
ロードは、体を起こすという「大きな労力」をかけず、通路の先に、恭平の動きを封じるための「怠惰の渦」を、最小限の魔力で発生させた。
通路の空気は粘り気を増し、恭平の足が重くなる。彼は、まるで泥沼の中を走っているかのような感覚に陥った。
「くそっ、これでは逃げられない……!」
『マスター!チキンソードの魔力は空ですが、私の『知性』と『生存への執着』は残っています!あの渦は、魔力の流れが一定の周波数で極めて安定しています。術式ナイフの『共振破壊(レゾナンス・ブレイク)』術式で、渦の周波数を乱してください!最小限の動作で!】
恭平は、チキンソードの助言に従い、足を止め、その場で術式ナイフを高速で振動させた。剣の切っ先から、微細な魔力の波が放たれ、通路に充満する「怠惰の渦」の周波数を乱した。
ブゥン……パチッ
渦は、恭平の体を拘束することなく、一瞬で霧散した。
「これで……逃げるぞ!」
恭平は、再び全速力で通路を駆け抜けた。彼の目的は、ロードとの戦闘ではなく、この「怠惰」のダンジョンからの脱出、そして、次の逃走先を確保することだ。
ロードは、恭平の逃走劇を、ただ静かに見つめていた。彼の表情は、不快感から、再び「無関心」へと戻っていく。
「……逃げるための、唯一の努力か。興味深いな。だが、その努力は、いずれ君を疲弊させ、再び私の『怠惰』へと戻すだろう」
恭平は、ロードの言葉を背中に浴びながら、ダンジョンの出口へと続く、最も汚く、きつい裏通路をひたすら駆け上がった。彼は、チキンソードの哲学を逆手に取り、最大の努力で「怠惰」から逃走したのだ。
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