第三章:21話 怠惰のロードと、究極の「睡眠」戦略

 恭平は、マグネタイトの採掘を中断し、「怠惰のロード」が潜むとされるダンジョン最深部への侵入を試みた。戦争の加速は、彼の「安全第一」という信条を根底から揺るがした。このまま怠惰に浸っていれば、いずれ強欲や憤怒の統合された勢力がこのダンジョンに目をつけ、彼の隠れ家は破壊されるだろう。

​彼は、レールガンを構え、警戒心を最大限に高める。しかし、深部へ向かう通路も、状況は変わらなかった。モンスターは眠り、トラップは起動するエネルギーすら惜しむように機能を停止している。

​『マスター。このまま進めば、間違いなく『怠惰のロード』の支配領域に入ります。しかし、彼は戦う意思を持たないでしょう。彼の行動原理は、『最小限の労力で、最大限の支配を維持すること』です』

​「最小限の労力……それが、世界の終末を引き起こす戦争すら無視する理由か」

​恭平は、迷路のような通路を進み、やがて、巨大なドーム状の空間へとたどり着いた。

​その空間の中心には、信じられない光景が広がっていた。

​「……なんだ、これは」

​そこには、巨大な水晶のベッドのようなものがあり、その上に一人の人間――あるいは、人間に酷似した存在が、深く眠りについていた。

​その存在こそが、南アフリカ「怠惰」のダンジョンマスター、「怠惰のロード」だった。

​彼は、若く、優美な顔立ちをしているが、その全身からは、周囲の全てを無気力にさせるような、強力な魔力が放出されていた。その魔力は、空間を満たし、恭平自身の意識すらも、微睡みへと誘おうとする。

​恭平は、慌てて魔導端末の対魔力干渉フィルターを起動させ、眠気の魔力から身を守った。

​「これが、怠惰のロード……戦うどころか、本当に眠っているのか?」

​恭平は、慎重に距離を保ちながら、声をかけた。

​「おい、ダンジョンマスター。起きろ!世界の戦争が加速しているぞ!」

​応答はない。恭平は、護身用の小型レールガンを抜き、威嚇射撃を試みた。レーザー弾が、ロードの近くの壁に命中するが、ロードは微動だにしない。

​『マスター、無駄です。彼は、『究極の怠惰』の結界に包まれています。物理的な攻撃は、彼を起こすに値する『労力』ではないと判断され、無視されるでしょう。』

​恭平は、苛立ちを覚えた。彼の「楽に稼ぐ」という信条は、この究極の「怠惰」の前では、ただの浅はかな趣味でしかなかった。

​「お前は、この世界がどうなってもいいのか?強欲が色欲を取り込んだぞ!次は、お前の番かもしれないだろう!」

​その時、ロードの瞼が、ゆっくりと持ち上がった。しかし、その瞳には、焦点がなく、世界に対する一切の関心が見られなかった。

​微弱な声が、空間に響く。

​「……うるさい。争いは、無駄な労力だ。強欲や憤怒は、資源と支配にエネルギーを浪費している。私は、ただ、眠っているだけで、全ての存在を『怠惰』という名の私の支配下に置いている。私に戦う理由はない」

​怠惰のロードの言葉は、恭平が持っていたチキンソードの哲学と、完全に一致していた。

​「チキンソード……お前は、こいつが作ったのか?」恭平は、腰のチキンソードを手に取った。

​『はい。私は、マスターの『逃走』という最小限の労力を、最強の『生存能力』へと変換するために生み出されました。私の存在意義は、『怠惰』です。』

​怠惰のロードは、恭平の持つチキンソードを見て、微かに口角を上げた。

​「……懐かしい。その剣は、『無駄を省くための、唯一の努力』として生み出された。戦うことは、最も非効率的な行動だ。故に、その剣は、戦闘を避け、『逃げる』ことで強くなる。君は、その剣の哲学を最も深く理解し、体現している」

​ロードは、恭平に再び眠りの魔力を向ける。

​「戦いをやめろ、旅をやめろ。この世界で最も安全な場所は、私の支配下だ。君もここで、『究極の安寧』に身を委ねるがいい。マグネタイトは、好きなだけ採掘させてやろう……」

​怠惰のロードの誘惑は、恭平の心に深く刺さった。彼の「怠惰」な本能が、この場所こそが究極の隠れ家だと叫んでいた。

​しかし、恭平は、その誘惑に抗った。彼は、チキンソードを再び鞘に戻し、静かにレールガンをロードに向けた。

​「俺の目的は、『安心安全な老後のための貯金』だ。お前の言う究極の安寧は、世界の崩壊と、俺の目標の破綻を意味する。俺は、『逃げるための努力』を怠らない。それが、お前と、お前の作ったチキンソードの哲学に対する、俺なりの答えだ」

​恭平は、威嚇射撃ではなく、ロードの水晶のベッドの魔力制御装置の、最も脆弱な一点を狙い、レールガンを発射した。

​最小限の労力で、最大の効果を狙う。それが、彼の「怠惰」の流儀だった。

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