第二章:14話 アザゼルとの密約と、傲慢の構造の核心

 傲慢のダンジョン地下5階。恭平は、チキンソードの導きと、自身の卑屈な振る舞いによって、深層に近づいていた。構造図の未公開エリアは、この階層のさらに奥にある。

​彼は、魔法的なトラップが最も複雑に絡み合う通路で、悪魔アザゼルを召喚した。

​「対価は、傲慢のダンジョンで得た情報と、この後マグネタイトの塊を売却して得られる現金の20パーセントだ」

​恭平は、疲労困憊の顔で、冷静に契約条件を提示した。

​アザゼルは、周囲の美しい石造りの壁を見て、満足げに微笑んだ。

「これは上質な空間だ。暴食の腐敗とは大違いだね。さて、君の報告を聞こう。傲慢のロードの支配構造と弱点について、だ」

​恭平は、魔導端末に記録した、傲慢のロードが仕掛けるトラップの傾向と、彼らの眷属である高位魔法生物の出現パターン、そして、彼らの攻撃対象が「自己顕示欲の強い者」に限られるという洞察をアザゼルに渡した。

​「奴らの弱点は、その『傲慢さ』そのものだ。彼らは、自分たちより劣ると判断した者には、関心すら示さない。逆に、『純粋な魔力』と『絶対的な強さ』を誇示する者には、全力で立ち向かう。俺は、その隙間を逃げてきた」

​アザゼルは、恭平の情報を見て、初めて感嘆の声を漏らした。

「ふむ。君は、チキンソードの『逃走による知性』を最大限に利用している。これは、我々悪魔にとっても価値ある分析だ。君の『卑屈さ』と『怠慢さ』が、この傲慢なダンジョンを攻略する最大の武器となっているとはね」

​そして、アザゼルは、契約に従い、恭平が次に必要とする「傲慢のロードの構造的弱点」に関する情報を開示した。

​「傲慢のロードは、自身のダンジョンを『完璧な魔法芸術』と見なしている。故に、ダンジョンの中核にある魔力制御炉は、『最も美しい魔法的な結界』によって守られている。それは、あらゆる物理的・科学的干渉を拒絶する」

​「弱点じゃないじゃないか」恭平は苛立ちを隠せない。

​「待て。弱点は、その『完璧さ』にある。その魔力制御炉の結界は、あまりにも『純粋』で『高尚』すぎるため、ある種の『低俗な魔力』を一切遮断できない。具体的には、『七つの大罪のダンジョンマスターが関与した、汚れた魔導具』の干渉だ」

​アザゼルは、恭平の腰にある鞘を一瞥した。

​「つまり、君のチキンソードが持つ、『怠惰のマスターが作り出した、逃走と怠惰を極めた魔力』だ。チキンソードを制御炉に接触させれば、その完璧な結界は、一瞬だが崩壊するだろう。もちろん、君がその力を使う意思があれば、だが」

​恭平は、目を見開いた。チキンソードが、傲慢のダンジョンを崩壊させる鍵だというのか。しかし、それは、ダンジョンマスターの戦争に本格的に介入することを意味する。彼の「安全第一」の信条に真っ向から反する行為だ。

​「俺は、ダンジョンマスターの戦争に首を突っ込むつもりはない。俺の目的は、安全な老後のための貯金だ」

​「もちろん、君の判断だ、恭平。だが、傲慢のロードは、いずれ暴食のマスターを倒し、その次に君のような『怠惰な弱者』を排除しようとするだろう。逃げ続けるためには、時として、『最大の努力』をして、『逃走経路を確保』する必要がある」

​アザゼルは、皮肉を込めて微笑んだ。

​「さて、最後に、君が要求した『憤怒の軍勢の正確な動き』だ。憤怒のロードは、君を『怠惰のマスターの協力者』と見なし、君の次の逃走先である傲慢のダンジョンへ、秘密裏に先行部隊を送り込んでいる。彼らは、君が傲慢のダンジョンから出てくるのを、『最も汚く、目立たない裏ルート』で待ち構えている。君の逃走術を逆手に取ったわけだ」

​恭平は、悪魔の情報に深く感謝しながらも、その契約の裏にある悪意を感じた。彼は、アザゼルに報酬を渡し、即座に彼を空間から追い出した。


 上手くアパートの自室に戻った恭平は、魔導端末と傲慢のダンジョン構造図を前に、深く考え込んだ。

​傲慢のダンジョンの中核を破壊できる力。そして、それを裏ルートで待ち構える憤怒の軍勢。どちらを選んでも、恭平の「安全第一」は破綻する。

​『マスター。憤怒の軍勢との戦闘は、死を意味します。傲慢のダンジョンの構造は、我々にとって最適ではない。逃走するなら、彼らの待ち伏せを避ける必要があります』

​チキンソードの助言は明確だ。

​「逃げるしかない。だが、どうやって、憤怒の軍勢の包囲網を突破する?」

​恭平は、構造図の裏ルートを凝視した。憤怒の軍勢が待ち構えているのは、まさに恭平が通って来た、汚く狭い資材搬入ルートだ。

​彼は、チキンソードを鞘から抜き、その冷たい銀色の剣身を見つめた。剣は、今、極めて強い魔力を放っている。

​「チキンソード。お前の力は、一度の戦闘で効力を失う。だが、その力は、『逃走のための戦闘』にも使える、と言ったな」

​『はい。そして、今、私の力は最大値に達しています。この力を使い切れば、貴方様の体は再起不能になるほどの疲労に襲われますが、『一度だけ』、あらゆる結界と防御を突破する力を行使できます』

​恭平は、決断した。彼は、傲慢のダンジョンの中核を破壊するのではなく、その破壊力を『逃走経路の確保』に使う。

​「俺は、傲慢のダンジョンを中継地として利用する。チキンソードの力を、憤怒の軍勢の包囲網を一瞬で崩壊させるために使う」

​彼の選択は、最もリスクの高い「究極の逃走」だった。チキンソードの力を一瞬で使い切り、その後の「著しい体力消耗」という致命的なリスクを負う。だが、それが、彼の「安全な老後のための貯金」を、戦争から守る唯一の道だった。

​彼は、傲慢のダンジョンに引き返した。彼の次の目標は、ダンジョンの最上層、最も目立つ、傲慢のロードの「プライドの象徴」を、『最大の逃走』の舞台にすることだった。彼の心の中で、過去のトラウマからくる「怠惰」と「慎重さ」が、「生き残るための、最大の努力」へと変貌し始めていた。

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