第二章:15話 最上層への潜入と、傲慢のロードの視線
恭平は、再び傲慢のダンジョンに潜入した。今度は「逃走」ではなく、明確な目的を持っての「潜入」だ。彼は、資材搬入ルートではなく、傲慢な探索者たちが利用する、堂々たる正面ルートを選んだ。
『マスター、なぜ危険な正面ルートを? 憤怒の軍勢の待ち伏せを避けるなら、他の逃走ルートを探すべきです』
チキンソードが焦燥感を滲ませた声で問いかける。
「逃げるんだよ、チキンソード。だが、単なる逃走じゃない。『最も派手で、最も傲慢な逃走』だ」
恭平は、意図的に最新の派手な装備を身に着けた探索者の集団に紛れ込んだ。彼は、彼らの装備の魔力を吸収し、自身のタクティカルウェアの迷彩術式を一時的に強化した。彼の容姿は、周囲の派手な冒険者に紛れ、一見すると何の変哲もない中堅ランカーに見える。
彼は、自らの「卑屈さ」を隠し、表面上は「傲慢な強者」を装った。
地下1階から、恭平はエレベーター(傲慢のロードが設置した、魔力制御の高速昇降装置)に乗り込んだ。通常、このエレベーターは、一定の階層までしか直通しないが、恭平は、魔導端末とチキンソードの知識を組み合わせて、制御システムに介入した。
「傲慢のロードは、彼らの魔法技術の『完璧さ』を疑わない。だからこそ、科学的な『ハッキング』は、彼らの盲点だ」
チキンソードの解析能力が、魔法制御炉の脆弱性を突き止め、エレベーターは最上層へと直行し始めた。
『ハッキング成功です、マスター。しかし、これは傲慢のロードに対する最大の『挑発』です。彼らは、低俗な科学技術による干渉を最も嫌います!』
「それが狙いだ。傲慢のロードの注意を最上層に引きつけ、憤怒の軍勢が待ち構える裏ルートから、彼の『視線』を逸らす」
最上層――そこは、ダンジョンマスターの居室ではなく、傲慢のロードが、地上の世界を見下ろすための、ガラス張りの壮麗な展望広間だった。
恭平がエレベーターから降り立つと、広間には誰もいなかった。だが、恭平は、自身に向けられている『視線』を感じた。それは、人間ではない、強烈な魔力を持った存在の意識だ。
「傲慢のロードか。低俗な冒険者ごときに、姿を見せる気もないか」
恭平は、広間の中心へと進んだ。足元のガラス床の下には、パリの美しい街並みがジオラマのように広がっている。
彼は、リュックから、最後のマグネタイトの塊を取り出し、それを床に置いた。これは、アザゼルへの対価として残しておいたものだが、今、彼はそれを「囮」として使う。
そして、彼は腰のチキンソードを抜き放った。銀色の剣身が、傲慢のダンジョンの魔法的な光を反射し、凄まじい魔力を放ち始めた。
「チキンソード。全魔力を、『逃走経路の確保』に集中させろ」
『御意、マスター。これより、私の全蓄積魔力、すなわち、貴方様のすべての『逃走』と『生存』への執着を、単一の物理干渉へと変換します』
剣は、恭平の手の中で、まばゆい光を放ち、轟音を立て始めた。
その瞬間、広間全体が激しく揺れた。ガラス床に、魔力的なヒビが入り始める。
「やめろ、低俗な異物め!」
空間の奥から、傲慢のロードの声が響いた。それは、若く、優雅でありながら、絶対的な優越感に満ちた声だ。
「私の完璧なダンジョンを汚すな!」
恭平は、その声に反応せず、チキンソードの力を一点に集中させた。剣の魔力は、傲慢のロードが築いた「完璧な魔法芸術」の結界を、『低俗な怠惰の魔力』として侵食し始めた。
ガラス床のヒビは、急速に広がり、最上層全体に及び始めた。
「これだ!この『汚い怠惰の力』こそが、お前の『傲慢な完璧さ』を崩壊させる!」
恭平は、チキンソードの全魔力を、足元のガラス床一点に叩き込んだ。
ドォォォン!!
凄まじい爆音とともに、ガラス床は木っ端微塵に砕け散った。最上層の広間に巨大な穴が開き、恭平の足元には、数百メートル下の地面が広がった。
チキンソードの魔力は、これで全て使い果たされた。銀色の剣身は、瞬時に熱を失い、ただの平凡な剣に戻った。
同時に、恭平の肉体に、免罪符の代償である「著しい体力消耗」が襲いかかった。全身の筋肉が麻痺し、意識が遠のく。
「ハァ……ハァ……やったぞ……」
彼は、最上層の展望広間に、巨大な「逃走経路」を開いたのだ。この大音響と、傲慢のダンジョンの構造的な崩壊は、憤怒の軍勢の注意を、裏ルートから最上層へと完全に引きつけるだろう。
恭平は、その穴から、パリの空へと向かって、身を投げ出した。彼の体は、制御を失い、落下していく。
(……あとは、『仲魔』との契約を信じるだけだ)
最上層からの落下。それは、恭平の「安全第一」の冒険者人生において、最も危険で、最も『怠惰』とはかけ離れた、『最大の努力』による結末だった。
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