第二章:12話 フランスへの脱出と傲慢のダンジョン

 恭平は、アザゼルとの契約を済ませた後、すぐに行動を開始した。憤怒のマスターにマークされた今、日本国内に留まることは、彼の「安全第一」の信条に反する。

​「国内での依頼は全てキャンセルだ。次は、傲慢のダンジョンへ逃げる」

​彼は、情報屋から受け取った「傲慢のダンジョン」の構造図を魔導端末に表示させた。フランスに出現したこの塔型ダンジョンは、その名の通り「傲慢」を体現している。

​構造図は、幾何学的で、魔力的な結界や、純粋な魔法によるトラップが複雑に絡み合っていることを示していた。

​『マスター。このダンジョンは、貴方様の得意とする『科学技術を用いたトラップ・欺瞞』が極めて通用しにくい構造です。傲慢のマスターは、科学を低俗なものと見下し、純粋な魔法的優位性のみを認めています。真正面からの魔法戦闘を強いる、極めて『傲慢』な構造です』

​チキンソードの分析は的確だった。恭平の強みは、科学と魔法の融合知識。それが通用しないとなれば、彼の「生存能力」は大きく低下する。

​「傲慢のロードめ、趣味が悪い。だが、正面衝突は避ける。俺は、傲慢の構造図の『盲点』を突く」

​恭平は、手に入れたマグネタイトの塊を売却し、当座の資金を確保した。そして、彼の仲魔である科学者や魔術師とスポットで組み、傲慢のダンジョンに対応するための、新たな装備と準備を進めた。

​それは、純粋な魔力防御に特化した術式服、そして、電磁波を応用した「魔力干渉装置」だ。

​「傲慢が科学を侮るなら、その『優越意識の隙』を突く。俺の勝ちパターンだ」

​数日後。恭平は、変装と偽造された身分証(もちろん、悪魔の協力者の手によるものだ)を駆使し、秘密裏に日本を脱出した。


 ​フランス、パリ。エッフェル塔にも劣らない威容でそびえ立つ「傲慢のダンジョン」の周囲は、観光地としての側面も持ち、華やかな冒険者や観光客で賑わっていた。

​恭平は、その華やかさが、暴食のダンジョンの荒廃とは対照的であることに、改めて世界の多様性を感じた。

​「傲慢な奴らだ。ダンジョンすら、芸術作品のように見せかけている」

​恭平は、観光客に紛れてダンジョンの入口ゲートに近づいた。周囲の冒険者たちは、最新の派手な装備を身に着け、互いの武勇伝を語り合っている。

​「見てくれ、あれがSランク冒険者『光の騎士団』だ。彼らは今日、深層に挑むそうだ!」

​恭平は、そうしたトップランカーたちへの嫉妬と敬意を抱きつつも、彼らとの接触を徹底的に避けた。彼にとって、彼らは目立ちたがり屋であり、危険なリスクを冒す愚かな存在だ。


 ​彼は、傲慢のダンジョンの構造図の盲点――冒険者たちが「プライドを傷つけられる」と避ける、汚く、狭い、裏側の資材搬入ルートへと向かった。

​(安全第一。傲慢のダンジョンがどれだけ優雅だろうと、俺のやることは変わらない。逃げて、稼いで、生き残る)

​彼は、資材搬入ルートのゲートをくぐった。

​傲慢の試練

​ダンジョン内部は、石造りの広間で構成され、壁面には精巧な彫刻が施されていた。足元には埃一つなく、まさに「傲慢」の名の通り、汚れることを許さない空間だ。

​恭平は、魔力干渉装置を起動させた。この装置は、周囲の魔力結界の周波数を乱し、一時的にトラップの誤作動を誘うためのものだ。

​しかし、一歩踏み出した瞬間、床の魔力結界が起動し、恭平の足元から眩い光の壁が出現した。

​『マスター! 魔力干渉装置が無効化されました! このダンジョンの結界は、科学的なノイズを魔力で瞬時に吸収し、結界の強度を上げるよう設計されています!』

​チキンソードが焦りの声を上げる。

​「くそっ! 科学を否定するだけでなく、利用してやがるのか!」

​光の壁は、恭平に向かって収束し始める。これは、触れたものを魔力で分解する、強力な防御結界だ。

​恭平は、即座に後方へ全速力で逃走した。逃走の速度に合わせて、チキンソードの力が微細ながら活性化する。

​『逃走、逃走です! 傲慢のロードは、彼らが「低俗」と見なす存在の抵抗を、その結界の強度に変えるのです! 抵抗すればするほど、罠が強くなります!』

​恭平は、光の壁から逃げ切り、通路の角に身を潜めた。

​「抵抗するな、か。まさに傲慢だ。全てを受け入れろとでも言うのか」

​彼は、魔導端末で構造図を再確認した。チキンソードの知性も、この難解な魔法構造の解析に時間を要している。

​『マスター。このダンジョンを攻略するには、傲慢のロードの心理を突く必要があります。彼らは『強者』のみを認め、『弱者』や『逃げる者』には関心を示しません。我々は、徹底的に『弱者』を演じ、彼らの視界から逃れるしかありません!』

​恭平は、チキンソードの助言に従い、持っていた予備の装備の一部をあえて通路に捨てた。そして、意図的に足音を立てず、壁に張り付くようにして、ゆっくりと進み始めた。

​彼は、レールガンではなく、術式ナイフを構える。魔法の結界を破るには、純粋な魔力を込めた近接武器の方が有効だと判断したからだ。

​「傲慢な奴らの視界に入らないように、卑屈に、目立たず……」

​恭平の、過去のトラウマから生まれた「慎重さ」と「怠慢さ」が、ここで皮肉にも彼の最大の武器となった。彼は、トップランカーが持つ「プライド」がない。彼にとって、安全な老後のための貯金こそが全てであり、他者の評価はゴミに等しい。

​彼は、光の結界が弱まる一瞬の隙を突き、壁を這うようにして、次の広間へと逃げ込んだ。

​傲慢のダンジョンでの「逃走」は、暴食のそれよりも精神的に消耗するものだった。彼は、自身のプライドを捨て、徹底的に「弱者」として振る舞うことを強いられたのだ。

​(これが、傲慢への逃走か……)

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