フローライト

逡巡

 帰ってくるとゲンが出かける用意をしていた。そしてすぐにモナと俺に気づく。


「お疲れ様…。いや、マジでお疲れじゃん。コウどうしたの?」

「ちょっと背中切られた…。」

「はぁ!?モナちゃんは?」

「ちょっと食われました…。」

「…お疲れ様。夜ご飯食った?」

「食った。」

「食いました。」

「あれ?なんだよ俺だけか。まあとりあえず買ってきちゃうからちょっと一旦いなくなるわ。」


 ギイとドアの音がして、ゲンが退出してしまう。包帯あったかな…。確かこの辺に…。


「私やるよ。コウはそこ座ってて。」


 少し時間はかかったが、モナがソファの前のテーブルに救急箱を置いた。


「はい。」

「…はい?」

「脱いで。」

「自分でできるのに…。」

「はいはい。」


 熱い背中にモナの指が触れる。細くて小さくて、やっぱり少しあったかい指。

 ふとモナが急に抱きついてくる。


「ありがとう。コウがいなかったら、今もまだああなってた。」

「…元教育係なんで。もうすんなよ。」

「うん。」

「それじゃ、次はモナの番。」

「え!?コウがやるの!?」

「あーやんないやんない。包帯どうぞってことだよ。」

「そういうことか…。」


 モナと反対方向を向いて、ひたすら待つ。もう終わったかなとか思いつつ待つ。


「見ないでくれるんだね。」

「まあ…。」

「あ、そういえばあの時見られた!仮面つけて来ないでよ〜。」

「お前がすぐ脱ぎ出すからだろ。」

「…コウのバカ。」

「はいはい。ごめんなさい。」


 そしてモナが終わった頃、ゲンも帰ってきた。


「…で、夜ご飯食べながらで申し訳ないんだけど…。コウ。お前に連絡がある。」

「え?なに?」

「俺もコレでこの街に来たんだけど…ついにお前もか…。」

「なんだよコレって。」

「…コウくん。人事異動です。」


 …え?モナと2人して混乱してしまう。でもそんな俺たちを置いてゲンは説明し出す。


「場所はここから西の中央地域あたり。中央地域と北地域の間らへん。明後日からね。」

「え?明後日?」

「うん。…まあ俺もそれでここに来てるから、コウもどこかに飛ばされるんだろうな〜とは思ってたけどね。ちなみに、死ぬまでそこに勤務することになると思うよ。たまに帰ってくることもできるけど。」

「私もいつか移動するってことですか?」

「うん。多分モナちゃんだったら数年後にはお知らせ来るよ。」


 これはゲンも通った道。ずっとここにいられない。知らない土地で、新たな仲間と仕事しなくてはならない。


「…だから、明日は好きなようにしろよ。遊んでもいいし、仕事してもいいし。で明後日、この電車に乗るんだ。」


 8時45分発の特急電車。その切符をもらうのがやけにゆっくりになる。


「ということなんで。明日からはコウはもう『俺の部下』じゃないからな。別の部署にいる…後輩?」


 なにがなんだか分からないまま、今日はお開きということになった。

 切符の文字が、やけにハッキリしていた。

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