宝石

 朝が来ていた。なんとも言えない気持ちで起き上がって、顔を洗った。


 俺は明日、ここを離れる。


 ゲンからは必要なものだけまとめて移動しろとだけスマホで伝えられた。


 必要なもの…ね。

 あんまりないんだよなぁ。ほとんど家にはいないし。

 なんとなくダラダラと準備して、外に出るのは午後からになってしまった。


 いつもの昼。だからなにも起こらない。ザラザラもない。どうしよう。

 ふとその時、誰かが俺の袖を引っ張った。


「あの…。」

「…あ。商品だった…。」

「ユノと申します。あの時は助けていただきありがとうございました。」

「いや仕事しただけだから…。」

「…私。モナちゃんのサポート係に就任させていただいて…。小さな仕事なのですが、頑張ろうと思っていて…!それで、これからよろしく」

「へぇ〜…。君が俺の代わりか。」

「…え?」

「あれ?聞いてなかった?俺、明日別の街に行くんだよ。ここには帰ってこない。」


 自分で言って重くなる。ユノはただ驚きと戸惑いの色を見せていた。


「…だから。モナをよろしくね。」

「…はい…。」


 それだけ言って、小走りに逃げてしまった。あんまり言いたくなかったフレーズ。まだ俺は、迷っていた。

 もう決まったことなのに。


『もしもし。コウ?』


 結局ゲンに会いに行ったり街の人に挨拶してきたりくらいしかできなかった今日の夜。寝る前に、少し怖くてモナに電話をかけた。


「…今日、ひとりもいなかったな。」

『そうだね。ちょっと期待してた?』

「してねぇよ。」

『…コウ。明日見送り行っていい?』

「ご自由に。」

『やったぁ。ありがとね。』

「…話すことなくなったなぁ。」

「あははっ。それじゃあ私の話聞いてて〜。」


 そう言ってモナが、おもしろかったことや過去のことを語り始める。どれもくだらない話題だったけど、こうやって話せていることが夜の怖さを紛らわせた。


♢♢♢


 翌日の朝。駅に行くとモナが待っていて、随分早く来てしまったことに気がついた。


「おはよっ!」

「おはよう。」


 他愛もない話をして、まるで背負っている大きめなリュックとかぶっている帽子の存在を忘れるほどだった。

 あと8分。8分で電車が来る。


「…コウ。」

「ん?」

「…ちょっといい?」


 モナが手招きして、人のいない薄暗めなスペースへ。

 なにやら言い出せなさそうな様子なので、こちらから聞いてみる。


「なんかあった?」

「…えっと…。…あ。ダメだ。ちゃんと言わないと。」

「ん?」

「コウ。ずっと私、あなたのことが好きでした…!」

「…え…?」

「…だから…その…付き合ってくれたら嬉しいな〜…みたいな?」

「………。」


 モナ。ダメなのは俺の方だ。腕を顔の前に持ってきて呟く。


「…なんだよそれ…。行きたくなくなるじゃん…。」

「え…。」

「…ありがとう。もういいよね。」


 モナの唇に、そっとキスした。


 モナの頬が真っ赤に染まり、目線があっちこっちに動く。


「あの薬また飲んだ…?」

「シラフだよ。」

『まもなく〜。3番線に特急電車がまいります。』

「あ。行かないと。」


 名残惜しくも、時間は止まらない。

 ホームの上、モナが泣きそうな顔をする。


「…この帽子、モナに預けとくよ。いつかまた会えたら返して。」


 そう言ってモナに被せると、モナはニコッと笑う。もう電車が出発する時間になって、俺も電車に乗り込む。


「元気でね。」

「うん。そっちも頑張れよ。」

「…あ、そうだ。はいこれ!」


 渡されたのは軽めの紙袋。

 そしてモナは明るくこう言った。


「コウ、誕生日おめでとう!」

「…ありがと。」


 それと同時にドアが閉まる。窓の外からもモナが大きく手を降ってくれていた。

 そういえば、今日は俺の誕生日だった。もう18歳。早いなぁ。


 自分の席を探して、荷物と一緒に座る。さすがゲン。しっかり窓側の席だ。気遣い感じさせんなよ…。

 誕生日プレゼントは、黒く薄い生地の指なしグローブだった。確かに俺、あったら便利だって言ったな…。

 窓の景色が速く動く。曇り空だったのが、段々と晴れていく。


 本当に、変わったなぁ。俺。他人なんてどうでもいいと思っていたはずなのに。その理由はきっと…。


 変な後輩に出会ってしまったから。


 グローブに、目を落とす。寂しくない。

 また会えるから。

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いつも通り宝石を壊していたら、変な後輩ができた件について 真白いろは @rikosyousetu36

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