盟約

「あーもしもし?お世話になってますーゲンくんでーす。あ、自分で言うなって?まあまあいいじゃないっすかー。」


 コーヒー片手に電話する。こうやってお偉いさんとの会話は緊張する人もいるらしいけど、俺はもう慣れていた。


「…それで例のやつですけど…。…やっぱそうですよね…。いやいいんです!俺もそうだったし。あ、そいつは今仕事中です。はい。了解でーす。それじゃあそんな感じで。はーい失礼しまーす。」


 スマホを1回タップして、ため息をひとつ。…どうするかなぁ…。

 まだ残るザラザラ感が、消えることをただ祈った。


♢♢♢


「ここ…?」


 ついたのは、それは大きなビルだった。表向きは会社のビルということになっているが、これは明らかにそんなものじゃない。多数の反応が確認できる。これは1体ずつ倒すのは時間がかかるかな…。まずはモナの安否だ。ここにいるかもしれない。せめて骨でも拾っておかないと。


 ついその辺で倒した『何か』の仮面をはぎ取り、自分にはめる。なるべく分からないように黒いマントもつけて、身を隠す。ついでに匂いも消す。髪は出しておくことで、馴染ませる。


 中は案外たくさんいた。どうやらトップに立つやつが、気配を消せるタイプらしく、かなり体力は消耗するが、全員を隠していたらしい。


「おいどこ行くんだ。そっちは食料の部屋だぞー。」


 食料?分からないがとりあえず頷いて、階段をのぼる。途中で分かれたところを左へ。なにやら明るくなっているのだ。


「………。」


 ドアを開けると、そこは部屋だった。ピンクのリボンやらフリルがたくさんあしらわれた部屋。ソファやベッドもある。しかし、窓がない。

 するとどうだろう。どこからか鼻歌が聞こえてくる。しかもかなり聞き慣れた旋律。モナだ。モナがいる。


「…あれ。またですか?」


 思わずハッとしてしまった。モナが普通の顔して別の部屋から出てくる。白いゆったりとしたワンピース姿だ。


「お風呂入ってきたのに…。まあいいですよ。どうぞ。」


 なにもできないでいる俺を前に、モナはドスッとソファに座った。


「え、いや…。」

「あ、こっちですか?」


 そう言ってモナはパッパとワンピースを脱いでしまった。一気に露出が増えたが、それどころではなかった。

 至る所に絆創膏が貼ってある。太もも、腕、腹、胸にまで。

 しかしモナは上下の下着姿でキョトンとしていた。

 いや待て。なに見てんだ俺。なるべくモナの顔しか見ないようにして、仮面を持ち上げた。


「…大丈夫?」

「え……。」


 叫びそうになった口を全力で押さえ、モナが落ち着くのを待つ。


「な、なんで…!」

「お前がいつまで経っても倒さないから。」

「…コウが倒すの?」

「うん。ここのトップっぽいやつを倒して、そこらへんのを全部一掃する。モナも手伝ってくれるだろ?」


 もうモナを見ないようにして話し続ける。


「…やだ。」

「は?」

「やだ。やりたくない。」

「え…なんでだよ。情でも湧いた?」

「…お兄ちゃんだもん…。」

「え…?」


 ここのトップはモナのお兄さんだった。そいつか。だからずっとモナが好きだと言っていた…?確かに思い返してみればくっきりとお兄さんの顔が浮かぶ。いつもなら興味ないのに。無意識に注意していた…?

 うわ、しくった。さっさとやっておくべきだった。


「そっか。わかった。それじゃあ…。」

「なんも分かってない!」


 後ろから突き飛ばされ、咄嗟に受け身をとる。モナがはだけたワンピースを着て声を震わせていた。


「お兄ちゃんだよ…!?お兄ちゃんをやれるわけないじゃん…!」

「だからそんなに傷ついてんのかよ。」

「そうだよ。だってこれ、全部採血跡だもん。お兄ちゃん用とその仲間の人たち用。」

「……。」

「…分かったなら帰って…。」

「…嫌だ。分かんねえ。わかんねえよ…。」


 無性に腹が立って、モナの顔をガッと掴んだ。


「しょうがねぇじゃん。現実見ろよ。」

「っ…!コウがそんなやつだって思わなかった。はなして…!」

「嫌だ。」


 これは過去の俺に贈る言葉。あの日泣いた俺に贈る言葉。


「やらなきゃ、やられるのはこっちなんだよ。分かってんだろ?」

「分かんない…分かんないよ…!」

「いやモナなら分かってる。本当は兄をやらなきゃいけないことくらい。」

「でもそんなことしたらお兄ちゃんが…!」

「兄を。…人間のまま殺してやれよ。今ならまだ誰も食ってないはずだから。血は飲んだみたいだけど、食ってない。」


 いつかゲンに言われた言葉。俺たちの仕事は、人間を守るだけじゃない。『何か』を守ることでもある。


「俺も…父さんがそうだったから…。」

「え…?」

「…いまだに夢に出るんだよなぁ。父さんの宝石を壊したあの日のことが。」

「………。」

「…お兄さんを…守ってやれよ…。」


 ただ手を握る。自分が泣かないように気をつける。ただ時が流れるのを待つ。


「…私…やってもいいのかなぁ。お兄ちゃんを守ってもいいのかなぁ…。」

「…2人で罪背負ってこうぜ。」

「…共犯だ…!」


 お互いにズタボロの表情で、共犯同盟は結ばれた。

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