玉響
「……。」
「起きたか?おはよう。」
「…ゲン…。」
「連絡くらいしろよな。」
「ごめん。」
天井が見慣れたもので、あの布団で寝ていたことを自覚する。デジタル時計によると、3日くらい寝ていたらしい。もうすでに14時を指していた。腕には新しそうな点滴があり、このお金はあるんだと思ってしまった。
「…モナは?」
「仕事。自分がやっちゃったからーってずっと看病してたんだよ。」
「へぇ…。この包帯も?」
「もちろん。」
「…泣いてた?」
「結構な頻度で。」
「……点滴ありがとう。もういいや。」
「はいはい。」
点滴の針を抜かれ、一気に自由度が高くなる。何をしよう。…それにしても…。
「痛えな…。」
「あんまり動かない方がいいんじゃないか?」
「腰の傷、結構深い気するんだけど。」
「嫌われてたんじゃな〜い?」
「あ、確かに。なに?怨念こもってんの?」
「はははっ…まあそんなことないだろうけど。」
「…だな。」
ガチャ。ドアが開き、モナが入る。
「おかえり。」
「………。」
「…モナ?」
俺の布団の方へすっ飛んで、しゃくりをあげて泣き始めてしまった。
「ごめんなさい!本当にごめんなさい!自分を止められなくて、コウに迷惑かけて…!ごめんなさい…!」
「…まあいいよ。俺も竜の口の中飛び込んで心配かけたし。」
「でも…!」
「じゃあ、一個教えて。あの言ってた「好き」は本音なの?嘘?」
「…えっと…。本当…。友達としての意味でねっ!」
「ふーん…そっか。ちょっと嬉しかった。ありがとう。」
「…それより!体の方は大丈夫なの?」
「…もう無理ー。動けないかもー。」
「え!?」
激しく下手なセリフにもいとも簡単に引っかかるモナに笑いそうになるのを堪え、芝居を打つ。おいゲン。お前が笑いそうになるなよ。
「せめて水があれば…。」
「水ね!分かった持ってくる!」
「あと俺のスマホがそこにあるはず…。」
「スマホね!」
「そういえば給料日だったはず…。」
「ゲンさん!コウの給料は!?」
「落ち着けってー。」
「…最後に…今週の日曜…って明後日か。明後日空いてる?フリーだから遊びに行く予定でも入ってる?」
「空いてるよ!なんでも言って!」
「…じゃあこれ、参加してくんない?」
「分かった!って…え!?これは無理だよ!」
「でも分かったって言ったもんな。な?」
「…分かった。行きます…。」
「よっしゃあ。」
「なにに参加するんだよ。」
「これ。」
近頃、商店街近くの広場でイベントが開かれる。アイドルフェスティバルが開かれるのだ。そこのグループでひとり怪我して出れなくなってしまったらしく、イベントスタッフの友達が困っていたのでモナを差し出すことにしたのだ。オークション後に言おうと思ったのだが遅くなってしまった。
もちろんモナはアイドルなんてやったことはない。でもあんな笑顔ができるなら大丈夫な気がする。
「じゃあ、この動画見といて。ちなみにセンターね。」
「はははっ。キツすぎだろー。」
「…がんばります…。」
俺のスマホから電子音多めな曲が流れ出す。最初は謎のセリフから始まり、おしゃれめな雰囲気だ。
「…コウ!これ西の方の言語じゃん!東の言語じゃないよ!」
「あ、そうだねー。…頑張って。」
「違う言語なのかよ。鬼畜だなぁ。」
それでもモナは黙って見続ける。ところどころに共通語は使われているが、東言語は一切出てこない。
数分後、曲が終了したら、モナは数秒どこかを見つめた。
「…コウ。このデータ送って。」
「送ってあるよ。」
「ありがと。」
少し広めのスペースに立ち、スマホをティッシュ箱に立てかける。再生ボタンを押して、すぐにポーズをとった。
セリフが流れ、モナが動き始める。歌パートに入り、リズムを取り始める。
やっぱりモナにしてよかった。何回か間違えつつも、すぐにものにしてしまった。
「すごいじゃん。もう踊れるようになってる。」
「動きを真似してるだけだよ。まだたくさん間違えちゃう。」
こうして練習が始まった。振り付けを覚えてフォーメーションも頭にいれる。歌詞もよく調べて発音も同じにし、音程も外さないようにする。その上で自分の色を加えてアレンジする。観客のことも考えて表情にも気を配る。
「…ちょっと良くなってきたかも。」
「相変わらず早いな。」
「仕事は行ける…?」
「まだ無理だろー。」
「そっか。じゃあ走ってくる。このままじゃ体力落ちるから。」
「はいはい。スマホ持ってけよ?あ、ついでにモナちゃんに帰ってくるよう伝えて。夜ご飯できるから。」
「…ありがと。いつも作ってくれて。」
「…え…?コウが…お前大人になったなぁ…!涙が…!」
「うるせぇ。なってねえから。父親ぶんな。いってきます。」
「いってらっしゃい…!」
モナは近くの公園で練習しているらしい。…あ。いた。
公園でフォーメーションも加えてダンスを練習していた。その目は真剣そのもの。少し終わるのを待つ。
よく聞くと小声で歌が聞こえてくる。音程に合いつつも表情が伝わってくるような歌だ。
っていうかあいつ、なんだかんだハイスペックじゃね…?運動できて頭よくて歌も得意なのに素直な性格…?うわ、ハイスペックじゃん。びっくりした。そんなやつの隣にずっといたの俺…?よく生きてこれたな。
♢♢♢
「マジでありがとう!」
「あーはいはい。もう100回目。」
「いやーコウがあんな可愛い子知ってるとか思わなかったわ〜。連絡先持ってる?」
「本人から聞けよ。俺は教えねぇ。」
「あ!独り占めしようとしてんのかよ〜。」
「ちげえよ。さっさと戻れ。」
「分かったよ…。じゃあ楽しんでってな!」
相変わらず陽気なやつだと思う。こんなイベントのスタッフやっちゃうくらいだもんな。
アナウンスからモナのグループについて伝えられる。西の方で人気のグループらしい。5人組のアイドルユニット。シンプルながらも可愛い歌詞が魅力だとさ。俺西の方の言語はよく分からないから無理だなぁ。共通語がギリだもん。今回は一曲のみだが、センターが復帰したらワンマンライブを行うらしい。
メンバーのうち1人がMCを始める。少しカタコトな東言語。でもたくさん練習したんだろうなと感じ取れるものだった。
あ、モナだ。水色のふわっとしたワンピースに頭には何やらキラキラしたピンとリボンがついている。他のメンバーにやってもらったのか、いつもと違うメイクになっている。
ポーズをとり、曲が流れる。モナのセリフがスピーカーから流れ出した。
リズムを取りながら時折ウインクしたりニコッと微笑んだりする。うわ。俺鬼畜だ。なにあの複雑な動き。フォーメーションとかめっちゃ変わるし、でもモナの歌うパートも少し多い。改めてモナの適応力に目を見張る。
『♫〜〜〜』
曲も進みサビに入る。モナの見せ場だ。細やかな表情管理がすごい。歌詞も的確に発音している。
その時だ。モナと目線がかち合う。そして少しウインクして目線を移していった。本当にごく僅かな時間だった。
「…なんだあれ…。」
ちょっと恥ずかしくて、フードをかぶる。
♢♢♢
「お疲れー!仕事もモナちゃんはアイドルも!俺も報告書がなければ見にいったのにな〜。」
「すっごい楽しかったです!」
「お疲れ様でーす。」
「あ、私のファンサ届いた?見てたよね?」
「あー…ごめん。ぼーっとしてた。」
「ええええ!?もう!ちゃんと見ててよ!」
「ごめんごめん。」
本当はぼーっとなんてしていられなかった。ずっと目で追っていたから。それは流石に言えないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます