黄昏

 これほど綺麗な鳥肌を感じたことはない。

 その爽やかな新緑の瞳が、俺の方をじぃーと見つめていた。

 あ、これやられる?

 

 気づけばすぐ近くにいて、首を掴まれる。左手にはナイフが。


「あっぶな…。」

「避けられた…。」


 観客が再び沸き始める。敵が同士討ちを始めたのだから。


「ちょっ、モナ!?」

「はあ…はあ…。」


 ナイフが俺の髪を掠める。と思うと。身を翻してハイキック。速い!

 負けまいと足を掴んで殴りかかる。


「コウ…?」

「っ……!?」


 いつものモナに戻った。ふわっとした雰囲気と不安げな表情。殴る力が弱まってしまった。


「…あはっ。」


 腹部にモナの足がめり込む。


「ゲホッ!ゲホゲホッ…!」

「大丈夫?」

「…モナ…。」

「なーに?コウ。」

「絶対倒してやるから…。」

「…怖いな…。」

「もう信じないから。」

「…コウ、好きだよ。」

「え…。」

「ずっと気になってたんだよね〜。好きだよ。大好き。愛してる。…撃ちたいなら撃っていいよ。だって大好きなコウに撃たれるとか嬉しいもん。」


 銃口を自分の額につけるモナを撃てるわけなかった。

 モナが泣いている。それは偽物の涙なのか、抵抗するための涙なのか。

 

 ちょっとの可哀想という感情と確実に仕留めるために、モナを抱きしめてみた。


「そっか。」

「…なんだよ『そっか』って…。」


 モナの首に手刀を強く打つ。そしてそれと同時に、俺の腰あたりにナイフが刺さった。

 かくんとモナが倒れ、ナイフを抜いた俺も倒れる。


「おいこの場合どうなるんだ?」

「俺!俺欲しい!」

「私この女の子欲しいな〜。」

「まあまあみなさん落ち着いて。」

「…俺のだ…。」


 俺が勝った。俺のものだ。そう呟きながらよろよろと立ち上がる。

 商品の女子は起こされ、リードを俺に繋がれた。細々したものはひとまとめにして肩から下げる。

 終わりの合図を聞かずに外へ出た。


 重々しい雨が降っていた。商品はリードを取って自由にした。泣きながら謝り、走っていった。

 背負っているモナはまだ起きない。終わったらゲンを呼ぶ約束なのだけど、呼ぶ気力もなかった。

 息が荒くなっていく。刺された場所が痛い。視界の端がチカチカしてきた。頭が重く感じる。


「…っ…あっ!コウ!」

「おはよう。モナ…。」


 一気に力が抜けた。

 雨って冷たいんだなぁ…。



 まただ。また赤黒い雨が降っていた。

 目の前ではモナが踊っている。さっきのようにいつもの感じで笑うのではなく、艶やかに大人っぽく笑っている。

 また竜が来た。今度は必死に足を動かしてモナと避ける。2人して赤い道路に転がった。竜はどこかに消えていってしまった。

 そういえばモナ、「愛してる」って普通に言ってたな…。愛してるゲーム強くなってんな。

 気づくとモナは消えていて、俺は1人で佇んでいた。

 しばらく1人で歩く。すると見えてきたのは海だった。赤くなく、透き通った海。近くにはボートがひとつ。これであの沈みかける夕日の方へ進んでもいいかもしれない。

 ザァー…ザァー…と波が音を立てる。振り返るともう赤い街は消えていて、ひとつのドアがあった。木製の、どこに通じるのかも分からないドア。

 あ、誰かの声が聞こえる。どっちだろう…。泣き声と楽しそうな声が聞こえる。ドアに耳を押し当てて聞けば、泣き声はドアから。楽しそうな声は海の方から聞こえていた。

 そんなの気味が悪いし海の方へ行きたい。しかし、この泣き声は誰のものなのかも気になる。

 夕凪。風が変わる、無風の時間。

 …楽しいものは後に取っておきたい派だ。ドアにしよう。あ、ショートケーキのいちごは最後に食べるタイプとも言う。


ガチャ。


 眩しくて、目を閉じた。

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