口伝

 やっぱり嫌だ。事実を聞くのは。だから目を閉じる。ぎゅっと。事実が入らぬように。


「俺、彼女いるって言ったけど、多分モナが思ってるようなやつじゃないんだよ。」

「…え?」


 落ち着いて聞くと、数年前、とある家族を助けた時に小さな女の子に言われたらしい。お兄さんが好き、と。でもそんなのまともに受け取る必要はないから、とりあえず「そっか」と返しておいたらしい。

 正確には告白されとりあえずOKしたようなものだが、開けてみればこれだ。私何やってるんだろう…。


「なんなら今、その子彼氏いるみたいだし。」

「…浮気されてんじゃん。」

「だな。」


 めっちゃ恥ずかしい…!1人で一喜一憂していた。起き上がったあとでも、後悔が鳴り止まない。

 

「それにしても…なんでそんなに気にしてたんだよ。」

「…なんでだと思う?」

「…ずっと一緒にいたから?」

「それもあるね。」

「なんだよじゃあ。」

「…言わないっ!」


 ちょっと先に進んで振り向く。ニカッと笑ってみせた。

 

「そういえばこの髪どう?ツインテール!」

「…いいんじゃない?」

「反応うっす…。萎えちゃうよ〜。」

「でもそれ以上の感情ないんだけど。」

「あ、そうだ。そのピアス、めっちゃかっこいいよ。」

「…どうも。」


 斜陽が私たちを照らしていた。


♢♢♢


 モナが笑って振り返る。その黒髪が太陽の光を反射して煌めく。


 髪型だって、『かわいい』と言いかけたけど、それはモナが気持ち悪いと思うかもしれないと考えて『いいと思う』にした。萎えちゃうと言った時、口調は明るいのに顔はどこか悲しそうだった。

 ピアス、そんなに似合ってるのかな…。ちょっとだけ、モナに『かわいい』を言っておけばよかったと後悔した。


 今日のモナは何か変だ。アップルティーのことも、1人前の時も、やけに反応して逃げたことも。ゲンにメールで、『モナがなんか変なんだけど』と送ったら、返ってきたのは『がんばれ〜』だった。


 喉が乾いたので自販機で炭酸水を購入。モナは近くのペイントウォールで可愛い壁だとか騒ぎながら写真を撮っている。

 あ、人にぶつかった。うわ、結構大きめな『何か』だ。しかも数人のグループのうちの1人。本人もまずいと分かっているらしい。

 あーまずい。腕が折れただとか嘘並べられてる。


「どうしてくれんだよ。なぁ?」

「え、えっと…。」

「まあまあ。俺たちと遊んでくれれば許してやってもいいんじゃね?俺ら優しいし。」

「…まあ確かになぁ。じゃあ嬢ちゃん?俺らと来てくれるよね?」

「えっと…。」


 あ、まずいな。ちょっと助けてこようかな。嫌でもモナなら…。


バキッ


 ですよねー。まあやっつけられるよね。

 体格も人数もモナの方が圧倒的不利なのに、見せられていたのはモナのオンステージだった。


「…はあ…。」

「結構やったね。さすがモナ。」

「…ちょっと本気出しちゃったっ。」

「いや血ついてる手でピースサインされても怖いんだけど…。」

「あれ、ほんとだ。洗ってこないと。」


 その時だ。後ろに気配を感じてすぐさまモナを引っ張って伏せる。

 やはり飛んできたのは弾丸だった。音の少ない銃。後ろを振り返ると…そこには『何か』がいた。口が裂け、目も鼻も耳も、顔のパーツが口しかないようなやつだ。


「おや避けられてしまった。流石ですね。」


 …聞いたことがある。暴走していない『何か』が集団を作り、俺らのような職のやつを殺そうとしているらしい。そいつらは、たとえ暴走していようとも仲間を殺されたくないのだ。言わば、俺らの反対組織。


「コウくん、モナさん、今夜私どものオークションが行われるのですが、いかがですか?参加してみません?」

「俺らそういう賭け事みたいなのは…」

「今回の目玉商品。それは、人間の娘なのですよ。ちょうど孤児院から盗んで来ましてね?年齢は16。ちょうど今が食べごろで…。いかがです?」

「…やります。」

「モナ?」

「だって、やらないとじゃない?」

「…確かにな。」

「それでは24時。またここでお会いしましょう。」


 悠々と堂々と帰っていく『何か』が少し大きく見えた。


「…で、オークションってなにするの?金額言って…みたいなやつ?」

「おいおい…知らずに言ったのかよ。」

「うん。」

「…とりあえず勝てばいい。」

「え?戦ったりする?」

「ああ。っていうかそっちがメインだから。」

「じゃあ最悪の場合…。」

「モナ、俺、今回の商品が3人まとめて食われる。」

「最高な場合…?」

「俺ら2人とも生き残って商品も守れる。」

「わー生きるか死ぬかだー。」

「分かりやすいだろ?死ぬか気絶するかじゃないとリタイアにならないから注意ね。」

「はーい。」

「じゃあ…ゲンのところ行くか。」

「…私も一緒に行っていいんだよね?もう1人前なのに…。」

「…俺にとってはまだまだ未熟だから。」

「…なんだよ〜。そんなことないし〜。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る