幽寂

「…コウ。」「モナ。」

「あ…そっちからどうぞ…。」

「…さっき、嘘ついた。」

「え?」

「彼女、本当はいる。」

「え…。」


 時が止まる。音は無い。視界が一瞬ブレる。頭にキンと何かが走る。


「…なんだよ〜。いるなら言ってよ〜。」

「ちょっと忘れてた。」

「も〜彼女ちゃんがかわいそうだよ〜?」


 これ以上会話が続かない。ゲンさんは一切表情を変えずに書類をまとめ始める。

 本当ならどんな人だとか、いつから付き合ってたのかみたいな質問を投げかけるべきなのだろう。でも、不思議と出てこなかった。 いや、言いたくなかった。


「モナそう」

「よかったじゃん!…彼女いるんだ。あっそ、お幸せに!私は仕事行くので。もう1人前らしいですから1人で行ってきますよ。…また会いましょう、先輩方。」


 嫌なほど敬語で、吐き捨てるように『またね』を言う。ちょっとこうしないと無理な気がして逃げてきてしまった。

 絶対に追ってこないでほしい。絶対にこの感情がバレたくない。

 走ってふと立ち止まると、コウからメッセージが届いていた。でも読む気になれなくて再び無視して歩き始める。

 もう手は繋いだのかな。キスしたのかな。色んな考えが駆けまわる。ふと想像してしまったのは、その彼女さんとコウが一緒に歩いている風景。

 2人とも楽しそうで、時折笑い声が聞こえてくるような、そんな素敵な『2人』だ。

 あ、ザラザラする。仕事しないと。

 

 よかった。まだなりかけだ。誰も食べていない。周りに人間はいないみたい。

 でも、私という最高の食べ物が来たので、途端に目の色は変わった。

 ずっとコウと一緒にいたから頑張って武器なしで戦おうとしていたのだが、元々私は使うタイプだ。だってコウみたいに頑丈でも力が強いわけでもないし。

 短剣を取り出すと、相手は少し怯んだ。ナイフは刺さるタイプなのかな。

 それでもガパァと口を大きく開けて、そのまま走ってくる。


「ごめんね。」


 微塵も思ってない言葉を吐いて、濁った宝石を割った。結局使いどころなかったな。


「…あ!髪崩れた〜…。」


 いつものお団子が今ので崩れてしまった。すぐ近くの市役所のトイレに寄って直す。

 …でも、この髪型のせいでコウに見つかりやすくなっちゃうかな。

 ちょっと悩んでから、ツインテールに結んでおいた。

 おそるおそるさっきの現場に戻ってみると…あっ!いる!もう死んでいる『何か』をただ見ている。

 よし、すぐにどっか移動しよう。そう思った時だった。


「…あっ!いてて…。」


 目の前の段差に気づかず転んでしまう。あ、と後ろを振り返ると…あ、やばい。バレた。必死で走って距離を稼ごうとする。


「モナ!」


 コウの呼ぶ声が聞こえる。でも今会うのは嫌だ。走るスピードを上げた。こんなのもう鬼ごっこ状態だ。

 走って、跳んで、降りて、くぐって…。どちらかと言えば障害物競走のような状態がずっと続く。

 そして建物から裏路地へ飛び降りた時、なぜか下にはコウが走ってきていた。先回りされた!でももう降りているのでどうすることもできない。できるだけ足掻こうとした結果、コウの上に覆い被さるように落ちてしまった。


「っ…!」


 逃げないと。そう思って立ち上がった途端、コウに足をかけられ仰向けに倒れた。


「話聞けって…。」


 気だるそうに呟くコウの顔が目の前にあった。

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