桜花

 眩しさを感じて目を覚ます。そして、電話がかかってくる。多分、俺が起きるタイミングを見計らってかけたものだ。


「…はい。」

『モーニングコールだよ!おはよおおお!』


 音割れしながら聞こえる『おはよう』が体に染みた。


「…うるさい。こっちは疲れてるしまだ2時間しか昼寝してないんだけど…。」

『私も1時間半!』

「…なら、なおさら寝ておこうよ。身体中痛いし…。」

『でも、せっかくもらった休暇だよ?午前中から楽しもうよ!』

「…ひとりで楽しんだら?今日はフリーだし。」

『…じゃあ、押しかけちゃうからね。』

「え?おい、やめろよ?」


 ピンポーン…ピンポーンピンポンピンポンピンポピンポピンピン…


「おい…。」

『コウー。開けてー。』

「…ちょっと待って。」


 怖いくらいに連打されている中、部屋着のままドアを開けた。


「おー!私服だー!」

「…そっちも私服じゃん。」

「遊びに行こ!はい、着替えて着替えて〜!」


 めんどくさいな〜と思いつつ、服を脱ぐ。モナは、ワクワク感が欲しいから〜とか言って下に降りていった。

 数時間前は、竜の口の中にいたのか…。我ながら、あの時はおかしかったと思う。血も出てるし、モナも来たしで、何かスイッチが入ったんだろう。

 珍しく、私服に腕を通した。



「おー!私服だー!」

「……そっちも私服じゃん…。」


 全く同じやりとりをしながら、モナの私服を改めて見る。

 白練のトレーナーに濡羽色のロングスカート。髪は結んでおらず、カラコンもつけていない。それにしても…。


「…揃えた?」

「えーなんのことか分かんなーい。」


 肩から下げているショルダーバッグは俺も持っているし、黒のスニーカーも同じだ。なんならデザインがちょっと似ている。


「…着替えてこようかな…。」

「え!?ひどくない!?」

「で、これはどこに向かってるの?」

「とある場所〜。」

「なにそれ。」

「なんだろうね?」


 だが、なんとなく予想はしていた。そして、的中していた。

 大きめの公園だ。急遽桜まつりが開催され、割と多くの人が来ている。


「あの桜も、この桜も、ぜーんぶの桜を、私たちが咲かせたんだよ!」

「俺だろ。」

「えー?」

「…でも、最初の作戦はモナもいたから、『俺たち』ってことにしとくか。」

「やったぁ。嬉しいっ。」


 桜のトンネルが祝福している。花嵐が吹き、綿雲も速く泳ぐ。紙吹雪ではなく桜吹雪が俺たちを包む。

 もう食べれない、あの焼き鳥の味を思い出した。あの綺麗な宝石を壊したのが、俺で良かった。「また来いよ」を果たせたのだから。身長、伸ばさないとな。


「あっ、あれ美味しそう…!桜饅頭だって!ちょっと買ってくる!」

「気をつ」

「うあっ!!」


 またモナが何もないのに自分の足に引っかかって転びかける。「気をつけろ」をいう間に少し構えていた俺はそんなモナを受け止めた。


「…だから言ったのに。」

「うぅ…。」

「…あっ、ごめん。」


 後ろから腕をまわし、肩は掴んでいるし手は握ってしまっているしで、またこれは気まずくなる!とパッと手を離した。また駅の時の二の舞になるだろ俺…!

 だが、今度は違った。モナが違う表情をした。

 白くなく、とても赤く紅潮した顔で。少しの恐怖と驚きではなく、少しの嬉しさと驚きの混じったような表情をした。俯きもせず、わなわなとしながら俺を直視している。


「…全然大丈夫…!」


 いつもよりワントーン高く細い声が返ってきた。なぜだろう。なんで数日でモナは変わったのだろう。いや、考えても仕方ないことは考えない。思考を放棄した。

 その時、またもやザラザラとした感覚に襲われる。俺が反応すると、少し遅れてモナもいつもの顔に戻った。


「…行く?」

「…めっちゃ痛いけど…『行く』以外ないな。」

「うわぁ〜休日出勤だ〜!」

「追加で給料もらえんのかなー。」

「もらえなかったらゲンさん問い詰めちゃお〜。」

「うわ怖すぎ。まあ、同じこと考えてたけど。」

「なんだよ〜。」


 一度は同じ死線を越えた仲だ。テンションが心地よく噛み合う。お互いに少し腕や足を伸ばして、目を合わせた。


「「行くか。」」

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