馬食

 口の中は案外暗かった。

 竜は、獲物を丸呑みする癖がある。その癖のおかげで、俺は噛み砕かれずに済んでいた。舐め回すように舌が動く。こいつ、俺の血、味わってんな〜とか思いつつ、手をくっつけた。早くやらないと飲み込まれそうだ。なんなら今、たまに舌と硬口蓋に挟まれていて、体が痛い。もうやってしまえ。

 竜に触れてればいいのだから、それは口の中でもいいということ。

 少し時間はかかったが中に入った。


 ふわふわとした、なんとも言い難い空間に浮かぶ、ひとつの宝石。それは、今までのどの宝石よりも綺麗だった。白い体に似合わない、真っ赤な宝石。本当に、ルビーがそのまま浮いているようだ。優しく包んでも綺麗さは消えない。よし、と力を込めて、ルビーを握っていく。


 パリン


 はっと気づけば、もう舌は動いていなかった。外からモナの声が聞こえる。涙声で俺の名前を呼んでいる。

 帰ろう。


 なんとか口をこじ開けて外に出ると、モナが抱きついてきた。


「ちょっ…俺今ベタベタしてるよ?」

「いいの!生きててよかった…!」

「…ありがと。…っつーかお前、まだまだ新人だな。合理的な判断もできないなんて…。」

「うっ…。」

「…まあ、嬉しかったけど。」

「…生きててよかった。」

「うん。」


 空が明るくなる。眩しく輝く朝日が俺たちを照らした。

 あ、と気がつけば、近くにあった桜の木が一気に満開になっていた。多分、この竜の影響なんだろう。白い体と赤い宝石は混ぜれば桜色になるのだ。


「綺麗…。」


 モナが呟いた。

 やっぱりこいつは、何歳か分からない。

 いつだったかぼやいた、『見目麗しく、儚げ』も合っているかのように感じさせてしまう。


「綺麗…。」


 これは、俺の感想。

 でも、モナは桜に言ったと思って気にしていなかった。


「…あー…疲れた…。」


 急にどっと疲れて、寝転んでしまう。


「うわー!コウー!せっかく勝ったのに〜!」

「死なないから…。」


 起き上がってみるも、本当に満身創痍という感じだ。

 モナも隣に座ってくれる。


「…この職業…良いね。」

「だろ?これだからやめられないんだ。」

「…お疲れ様でした。」

「そっちもお疲れ。」


 拳を合わせる。

 たった数日で、人はこれだけ変わってしまう。いつもは絶対に仕事を優先したのに、モナを優先した。バカになったなぁ、俺も。いらない情が入るようになってしまった。でも、少しだけ毎日が楽しくもなった。 本当に、出会いは不思議だ。


 後に分かった。あの竜は、焼き鳥屋の大将だ。そういえば、『竜』って名前だったなぁ…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る