天泣

 体をうねらせて、逆に展望台に突っ込んで来る。竜が突っ込んだ影響で、モナが窓からこちらに飛んできた。


「大丈夫か?」

「なんとか。それよりどうしよう。なんかやばそうじゃ…うわっ!」

「とりあえず上に登るぞ!」


 階段を駆け上り、屋上へ辿り着く。竜は変わらず下でぶつかりまくっている。


「混乱してる…?」

「失敗した…どうする…?」

「ごめんなさい!私がすぐに落ちなければ…!」

「いや仕方ない。次考えよう。」


 だが、もはや考える暇もなかった。

 展望台が根元から崩れたのだった。一瞬にして、床が低くなる。


「コウ!」


 ふたりとも宙に浮く。まずい、落ちる!咄嗟にモナの腕を引っ張った。

 ドーンと大きな音が響いて、展望台は根元から崩れ去った。

 瓦礫の上に、俺、モナと重なって倒れる。


「…コウ!大丈夫?」

「へーき。元々頑丈だから。」

「でも、血出てる…。」

「大丈夫。モナは?」

「私もこのくらいなんともない。…ずっとこっち見てるよ。」


 確かに、俺たちは今、少し低い場所にいるというのに、竜は変わらず俺らを直視していた。ダラダラとよだれと垂らしながら。俺らの血の匂いで、さらに食欲が高ぶっている。

 

「やっぱ、俺がやるしかないか…。…モナ、そこで待ってて。行ってくる。」

「え、や、でも…。」

「大丈夫。…すぐ終わらせるから。」


 少し痛む足を動かして、建物のある方へ駆け出し、指笛を吹く。竜はやっぱり着いてきた。もう一回、竜に乗る。そしたら今度は外さない。死んでもしがみついて…握りつぶしてやるんだ。

 …やっぱりさっきの、実は少し痛かった。いくら頑丈って言っても、所詮は人間。耐久力にも限界はある。

 さっき、俺は笑ってモナと別れた。安心させるためか、もしくは…死を覚悟したからか。

 空が明るくなり始める。風は吹いていない。


「はぁ…はぁ…はぁ…!」


 段々と息が切れ始める。ふと後ろを見ると、竜がもうほとんど地面を飛んでいた。これならいける。

 頑張って上に飛び上がる。竜はそのまま建物に突っ込んだ。なんとか背中のウロコにしがみつく。よし、いける!その時だった。


「コウ!」


 モナだ。モナが追いかけてきた。なんで来たんだ。早く戻れ。そう思うが、今は中に入ることに集中した。ズプズプと、入っていく。その時、竜が長い尻尾をモナに振り下ろそうとしていた。モナは気づいていない。助けに行かないと。でも、せっかくのチャンスが水の泡になる。でも、今助けに行かないとモナが危ない。

 頭に浮かんだのは、モナの言葉だった。


『……生きて帰って来れたらいいね。』


 なんでだろう。なんでこの手はいつも、頭と反対のことをするんだろう。父さんの時も、今、この時も。

 気づいたら、モナを抱きしめていた。


 ギリギリでかわせたものの、衝撃波で吹っ飛んだ。


「…なんで、来るかなぁ。」


 呆れ笑顔で呟いた。モナはもう涙を堪えられず、粗涙あらなみだをたくさん流していた。


「だって、だって…!死んじゃうと思ったから…!」

「あ〜ね?確かにね?」


 体を起こしつつ、周りを確認する。もう、モナに触っても何も言われなかった。

 やっぱり、やるしかない。一か八か、賭けに出る。覚悟を決めて、深呼吸をひとつ。竜はこちらを睨んでいる。

 立ち上がって行こうとするが、モナがそれを許さなかった。泣きながら俺の服を掴んでいる。


「モナ。」

「やだ…!死ぬのはイヤ…!」

「……。」


 そんなグシャグシャに泣いているモナに強烈なデコピンをかます。びっくりしたらしく、手はパッと放された。


「バーカ!!死なねえよ!」


 久しぶりに、歯を剥き出して笑った気がした。

 モナの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、駆け出した。

 竜の口がガパァと開かれる。俺はその口に向かう。


 バクンと、俺は食べられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る