聡明

…そんなことを振り返って、雑談をしているうちにコーヒーは飲み干されてしまい、そろそろ出るムードが漂い始めた。


「じゃあ二人とも、頑張ってね〜。」

「はーい!」

「気乗りしたらな。」


 相当のんびりしてしまったらしく、気づけばもう雀色時すずめいろどきだった。空がオレンジ色に染まっている。

 その時だ。何かが揺らめいた気がした。

 空が歪んだ?そんなわけねえか。元に、モナは気づいていない。


「今日は、一匹もいなかったね〜。」

「そーゆー日もある。」

「明日は何かこう…やりたいよね!」

「何かってなんだよ。」

「わかんないけどさ…。こう…ねっ!」

「いや、わかんねえって…。」


 サラサラとした花風かふうが前を歩くモナの髪を撫でる。スカートをはためかせる。

 段々日が長くなってきたことを、自覚した。


「夜ご飯、何食べる?」

「腹減るの早くね?」

「別にいいじゃん!」

「まあ、俺も空いたけど…。」

「ほらやっぱり!モナちゃんパワーで分かっちゃうんだな〜これが!」

「使えねえパワーだな。」

「何を〜!あ、さっきのキックまだだった。おりゃあ!」


 多分渾身の蹴りなんだろうけど、あっさりとかわせるものだった。お返しに、思いっきり殴る…と見せかけて顔の目の前で寸止めしてみせる。


「こんくらいじゃないとね。」

「っ〜…!か弱い女の子にそんなこと…!こんなに見目麗しく、儚げだと言うのに…!」

「自分で言った…。蹴ってくるのが儚げなのか?」

「もういいもん。ひとりで食べちゃうからね〜だ。」


 そう言って、ズカズカと歩いて行ってしまう。でも、ひとりで食べたいならそれを止めることはできない。個人の意見の尊重は大切だ。俺は反対方向に向かって歩き出した。

 何食べようかな。ひとりだし…。あ、あそこ行こうかな…。「また来てね〜!」って女将さんに言われてたし…。

 だが、誰かが後ろから服をピッと引っ張った。


「あれ?モナ?」

「…コウ、察し悪すぎ…。」

「それはごめんね?」

「絶対思ってないでしょ…。…じゃあね。」


 なぜかやたらと冷たく去っていった。俺、なんか悪いこと言ったかなぁ…。女子ってわかんねぇ〜。

 その場に立ち尽くして、考え込んだ。


♢♢♢


「も〜…。」


 私が謝るべきなのは分かってる。でも、謝る気には到底なれなかった。

 提灯に照らされる商店街が眩しく感じた。

 入ったのはもんじゃ屋さん。一回だけお兄ちゃんと来たことがあり、美味しかったのを覚えている。テーブル席しか空いておらず、やたらと大きい4人掛けの席に通された。一番人気のものを注文して、ぼーっとする。

 明日は普通にできるかな。コウ、怒ってないかな。大丈夫かな。

 色々な感情が渦を巻いて、行き場がなくなってこぼれていく。なみだが熱い。体の内側が発火しているようだった。

 店員に相席になっていいか聞かれて、小さな声ではいと返事をした。この涙を引っ込めないと。相席になった人が気になってしまう。


「コウ…。」


 何呟いてんだろう、私。馬鹿みたいだなぁ…。


「…なに?」


 はっと顔を上げると、向かい側に座っていたのはコウだった。スラスラと私と同じものを注文している。


「え、なんで。え?」

「めっちゃ探すの時間かかった…。あー疲れた。」

「ひとりで食べててよかったのに…。」

「…でも、まだ6時だから。一応、業務時間なの。一緒にいるべきだろ。」

「…そっか。」


 やっぱりコウは変わらない。ルールのため、私を探していた。


「それに…。もしかしたら泣いてんじゃねえかって思って、それだったら…。その…。嫌だし、申し訳ないし…。」


 珍しく、コウが自分の気持ちを言った。心の中の霧が晴れていく。


「…ごめん。うまく言えなかった…。」


 ブレザーの袖を少し引っ張って、私の目元にあてる。不器用ながらも、歩み寄ろうとしてくれている。


「…いいよっ。許してあげる。」


 ピッと胸を張って誇らしげな顔をした。素直じゃないけど、私も歩み寄る。


「…なんで偉そうなんだよ。」


 くしゃっと笑った顔が、ずっと明るく見えた。

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