〈ゾウゲ〉

「……………。」

パタンッと、背後で扉が閉まる音がする。僕はクチナシと別れたあと、ある部屋に向かった。そしてそこでを見つけた。

倉庫にあった工具箱。今は中身が入っていて、歩くたびにガラガラと音を立てている。

誰かに見つかる前に回収できてよかった。もし僕以外が見つけたら、そのときは────。

「……………?」

背後で何かが動くような気配がする。だけど、振り向いても何もない。

「気のせいか。」

僕は早足で庭に向かった。なぜって、そうしないといけない気がしたから。どうしてかは分からないけど。

玄関を出て、屋敷をぐるっと回って庭に出たところで、僕は足を止めた。

『よう、少年。久しぶりだな。おっと、そんなに警戒しないでくれよ。どうせ目を凝らしたって見えないんだからさ。』

声だけ、どこかから聞こえる。多分、僕の後ろ。不気味な気配の正体。僕は、こいつを知っている。

「どうして、お前がここにいる?」

『それはもちろん少年のおかげさ。君のおかげで俺はに会えた。姉さんの話も聞けたし、こうして主のもとに帰れたしな。ま、死んでるから体は無いけど。』

僕は、こいつを知っている。

赤い髪の、赤い目の鬼。

僕は、こいつを────

『なあ、ソレ直したいんだろ?』

「それが、どうかした?」

『手伝ってやろうか?』

意味がわからない。どうしてこいつは俺を助けようとしているんだ?助ける理由なんて、ないはずだろう?

『別に君を助けようってわけじゃない。君が助けたい人と俺が助けないといけない人が同じってだけだ。俺は発電機の修理の仕方を知ってても直せない。君は道具は持ってても直し方を知らない。それなら協力するのが合理的だろう?』

「…………。」

『疑うのを覚えたのはいいことだ。昔の君は、素直すぎだ。もし後悔しているなら、次は後悔しない道を選べばいい。今、俺と協力するのか、それとも俺を皆に突き出すのか。好きな方を選ぶといい。』

正直意味がわからなかった。

どうしてこの男が僕に協力を持ちかけるのだろう。

僕もこの男も互いを信用なんてできるはずもない。

だけど、悔しいほどに都合がいい。

僕の前にある選択肢はひとつしか無かった。

『そのまま、こっちを向くなよ。』

発電機の前にしゃがむと、男は呟いた。それからゆっくりと1つずつ、指示を出していく。手にとった工具には不自然な傷がいくつもついていた。

『にしても、随分派手にやったな。』

「これってこんなに壊れるものなの?」

『んー、まだ原型が残ってるだけマシだと思うけどな。これがアイツだったら直せなかっただろうし。』

「アイツ……?」

時々、そんな言葉を交わした。別に仲良くなったわけじゃない。だけど、どこか心の底で思っていた。

『随分器用だな。それに、覚えもいい。これなら大丈夫だな。』

「なにが?」

『こっちの話だ、気にしなくていい。それより、次で最後だ。集中しろよ。』

僕は言われるままに工具を握って、それから目の前の機械の電源を入れた。大きな音とともに地面を震わせて、それは動き出した。

「直った…………?ねぇ、直ったんだよね?」

さっきまで聞こえていた声も、気配もそこにはなかった。振り向くと、もちろんそこには誰もいなくて。僕は、1人になった。はじめからそうだったみたいに。

「………………っ」

ズキッと、仮面の下に痛みを感じる。これは夢なんかじゃない現実だって気づく。いや、それ以上にもっと、僕がしたことを突きつけられる。


手が震えている。

あの日と同じように。

憎しみも、後悔も全部閉じ込めてしまえば傷つかなくて済むそんなことはわかっている。目を開けるのが怖いのは、僕が弱いから。


「僕は、許されるのかな。」


工具箱を握って、僕は無意味に庭を歩く。僕がやるべきことは、犯人探しでもなんでもない。やり直せることはひとつもないけど、後悔を背負って生きることはできると誰かは言った。でも、今の僕にはそれもできない。


きっと、1時間も経てば僕は忘れる。

いや、もしかしたら5分後かもしれない。


「せっかく思い出したのに、忘れたくないよ。」


会いたい、だけど会いたいくない。

僕には、彼女の前に立つ資格は無い。


「────ア、──リア。」


思考にモヤがかかり始める。思っていたより早かった。あとどれくらいもつだろうか。


「行かないと。」


どこに?

どこへでも。

君がいる場所に────




「…………?」

庭の真ん中、ブランコの前で立っていた僕は、ふいに足元の不気味な羽根を見つけた。虹色の羽根。

「鳥?へんなの。」

僕はそれをポケットにしまった。

なんでだろう?

ゆっくり歩きながら、屋敷をぐるっと回ってようやく玄関にたどり着く。扉を開けようと手を伸ばすと、急にそれが開いて思わず体を強ばらせる。

「わっ。ごめんね、誰もいないと思ったから。」

緑のツインテールを揺らして、モエギが申し訳なさそうに言う。

「大丈夫。」

「えっと、じゃあ、行くね。」

それだけ言うとモエギは走って行ってしまった。すぐに姿が見えなくなって、僕は不思議に思う。あんなに走れるなら、なんでアサギに面倒を見てもらってるんだろう。考えたけど、結局アサギが過保護すぎると言ったらそれ以上の答えはないように感じだ。

扉をくぐって玄関ホールに飾られた屋敷の模型に目をやると、当たり前のように駒の位置が変わっていた。

庭に置かれた白、玄関に置かれた緑、地下室に置かれた赤、スミレの部屋に青と黄色、コハクの部屋にオレンジと紫。


黒色の駒は、無くなっていた。

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