〈記憶〉銃撃
その日はやけに屋敷が騒がしかったのを、今でも覚えている。
「アサギさん、大変です!大変なんです!」
「どうした、シノノメ。どうせたいしたことじゃないんだろ?」
「クマが」
「くま?」
「はい。背中にコハクさんを乗せてるんです。」
顔を青くして叫ぶシノノメ君に連れられて、アサギさんと私は庭に向かった。騒ぎを聞きつけてテツグロおじさんやモエギさん、クチナシさんも追いかけてくる。そして、そこで私たちが見たのは信じ難い光景だった。
一頭の熊がいた。
背中に血だらけのコハクを乗せて。
私たちが近づくと、妙に人馴れした熊はゆっくりとコハクを下ろした。それからどういう訳かモエギさんからかなりの距離を取って、モエギさんにだけ警戒する素振りを見せた。
そんな異様な様子も全く気にせずに、テツグロさんは腹部から大量の血を流したコハクさんに近づいていく。
私は、何もできなかった。
ただ覚えているのは、真剣な目で対応するテツグロおじさんと、震えたシノノメ君の手をそっと握るクチナシさんを呆然と見ていたことだけ。
「これは、銃撃されたのか。
急いで手当をしよう。
アサギ君、手伝ってくれ。」
「…………俺?」
テツグロおじさんとアサギさんがコハクを治療室に連れていくと、熊は満足したように、それでいて逃げるように森の奥へ去っていった。モエギさんをひと睨みしてから。
私は2人を追いかけた。なにをできるわけでもないけど、ただ立っているのは違う気がしたから。屋敷に入ったあたりで、ゾウゲさんがぼんやりとした顔で階段を降りてきた。
「どうしたの?」
あまりに呑気に聞いてくるから、少し腹が立った。棘のある声で事態を伝えると、ゾウゲさんはピタリと体を硬化させた。
「………生きてるの?」
「テツグロおじさんが治療中です。今は、祈ることしかできません。」
声を振り絞ってそう答えたあと、私が何をしていたのかは覚えていない。だけど、気がついたとき自室で横になっていた私の隣にゾウゲさんが座っていたことは確かだった。
そのあと、コハクさんが奇跡的に一命を取りとめたと聞いた。だけど、彼が目を覚ますことは無かった。銃弾に塗られていた毒が、今も彼の身体を蝕んでいる。そう、聞かされていた。
決して死ぬことも無く、ただ眠り続ける。
そんな未知の毒の正体を私だけが知っていた。
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