眠れる王子
第4話 〈スミレ〉
「スミレ!ここにいたのねって、ちょっと何があったの?」
「…………静かにしてください、クチナシさん。ただ眠っているだけですから。」
疲れが溜まっていたのか、それとも他に原因があるのか、先程まで流暢に話していたアサギさんは突然倒れてしまった。そしてそれからは、深い眠りに落ちてしまった。ときよりうなされているような声が喉奥から漏れるばかりで、声をかけても揺すっても起きる気配はなかった。どうにかして寝台まで運んで横にしたはいいものの、どうしたらいいのか分からなくて困っていたところにクチナシさんが訪ねてきた。
「疲れも溜まっていたでしょうから、今は休ませてあげましょう。気になることは増えましたが、それもまた進んでいる証拠です。クチナシさん、私に何か用があるんですよね。アサギさんを一人にするわけにもいかないので、この場でもかまいませんか?」
「え、あー、そんなにたいしたことじゃないのよ。ほら、私途中で出て行っちゃったでしょう?だから、あの後何かあったか聞こうと思ったの。」
そう言いながら、クチナシさんは分かりやすく目を逸らした。
「あの後、ですか。特に何もありませんでしたが、そういえばアサギさんが研究室に隠し扉があるという話をしていましたね。動かすのにかなりの力が必要なようで、アサギさん一人では動かせなかったそうです。」
一息で言い切って、私は部屋の中を見回す。アサギさんが持っていた試験管は全て回収してある。床にガラス片が落ちているけど、それ以外に見られて困るものは無いはずだった。
悟られるな。これは、アサギさんと私だけが知っている情報。誰が鬼で誰が人間か、それはこの状況下で最も重要な情報のはず。
「ごめんなさい、警戒させたみたいね。でも本当にほかに用はないのよ。…………邪魔したのなら申し訳ないけど。」
「邪魔だなんて、そんなことはありませんよ。むしろ助かりました。」
「助かった……?」
不思議そうに聞き返すクチナシさんに微笑んで答える。
「はい。少し行きたい場所がありましたので。もしクチナシさんがよければ、もう少しアサギさんの様子を見ていてもらえませんか?もちろん、私の部屋は調べていただいてもいいので。」
「え、えぇ。いいけれど、どこに行くの?」
「もう一人の眠り人のところですよ。それでは、よろしくお願いしますね、クチナシさん。」
早口に言いきると、呼び止める暇も与えないように部屋を逃げ出す。それから服の内側に隠した試験管に手をあてる。
「少しだけ預かりますね、アサギさん。」
それから私は目的の部屋の前についた後、周りに誰もいないことを確かめてからその扉を開けた。そこには、空の鳥籠と少し大きいベッドの上に横たわる男の人がいた。
「コハクさん、まだ眠っているんですか?」
さっきチェロの音が聞こえたとき、何故かコハクさんが銃撃された日のとこを思い出した。いや、思い出したと言うよりも無理矢理記憶を掘り出された感覚に近いかもしれない。もしあれが誰かの異能だったとしたら、何か意味があるのかもしれないと思って来てみたけど、そういうわけでもないみたいだった。
「無作為に記憶を掘り起こしているのか、それとも思い出させる記憶を選べないのか。一体どちらなんでしょうか。」
真っ白な肌に淡い茶色の髪。この屋敷で仮面を外している唯一の人物。眠っている原因は銃弾に仕込まれた特殊な毒だとテツグロおじさんが言っていた。それが今回の事件に関係があるのなら、テツグロおじさんを殺したのも…………。
「確証の無い仮説にとらわれるのは良くないですね。コハクさん、少しあなたのお部屋を見させてもらってもいいですか?」
返事は無い。それでも私はコハクさんの部屋の中を歩いて気になるものがないか調べていく。クチナシさんが掃除をしているのか、部屋の中は綺麗に整えられていた。あるとしたら、ゴミ箱に捨てられた血液パックくらい。
「これは────!」
慎重に持ち上げたそれを見て、私は言葉を失った。
『56%』
血液パックのラベルにはそう書かれていた。私はポケットの中に隠した試験管を取り出してそれと比べる。
「シノノメ君の血…………?」
そもそも、コハクさんは弾丸を1発くらった以外に怪我はなかった。治療をしてすぐは危険な状態が続いていたけど、今はかなり安定した状態だとテツグロおじさんは言っていた。輸血はもうしなくていいのかと聞いたら、必要ないとも言われた。それなのに、なぜここにこれがあるのだろう。
「シノノメ君も、特別なんですか?」
自分の名前が書かれた試験管とシノノメ君のものを見比べてつぶやく。アサギさんには気づかれてしまったけど、私の秘密だけは隠さなければいけない。余計な疑いをかけられることは避けたいから。
「…………?」
ベッドサイドに置かれた仮面の下、そこにキラッと光る何かが隠されている。慎重に仮面を持ち上げると、家紋のようなものが掘られたピンが置かれていた。
「この家紋、もしかして…………コハクさん、あなたはまさか」
『ケッケッ、怪シイ奴。』
「誰?」
聞きなれない声に振り向くと、そこには誰もいない。代わりに鳥籠の中に1羽の奇妙な見た目の鳥が止まっている。
『ケッケッ、俺様ガ誰カワカラナイッテ。』
「喋る、鳥…………?」
『ケッケッ、ツマラナイヤツ。』
「ねぇ、鳥さん。ここはあなたのお家なのですか?」
見た目通り奇妙な声で生意気に笑う鳥に聞いてみると、不思議そうに答えた────家ではない、と。
『俺様ノ巣ハココジャナイ。モット遠イトコロ。デモ、俺様ニハ重要ナ役目ガアル。俺様ニシカデキナイ仕事。』
鳥は窓の外を見つめた。開けたままの窓。換気のためかと思っていたけど、もしかしたらこの鳥を中に入れるためだったのかもしれない。それなら、空の鳥籠にも説明がつく。逃げたのではなく、最初からいなかった。いや、必要な時だけコハクさんが呼んでいたのかもしれない。
「あなたは、コハクさんの様子を見に……?」
『ケッケッ、アタリマエダナ。主人ヲ心配シテヤルノハ皆同ジ。デモ、入レルノハ俺様ダケ。』
「みんな…………?あなた以外にもコハクさんの様子を気にかけている鳥さんがいるのですか?」
『ケッケッ、馬鹿ナ奴。鳥ダケジャナイ。ウサギモ虫モ熊ダッテ、ミンナ心配シテル。オマエモ会ッテルハズ。撃タレタコイツヲ運ンダ熊ガイタハズ。アイツ、天敵ガイルノワカッテテ運ンダ。全部主人ノタメ。』
そう言うと、鳥はコハクさんのそばに飛んで行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます