記憶 茶色い何か

毎週末、私は屋敷を抜け出して友だちと遊んでいた。友だちの名前はディー、長い黒髪の女の子だった。目も髪も真っ黒で、綺麗な顔をしていた。だけど、いつもボロボロの服を着ていて腕は触ったら折れてしまいそうなほど細かった。

ディーとの遊び場はいつも同じ。長い階段を登った先にある高台。異国の文化を模して作られた「神社」という場所。パパから聞いた話だと、ここは別の街と繋がっているらしい。もう少し大人になったら連れて行こう、と約束したきり結局私がその街に行くことは無かった。なぜなら、私は屋敷を出ることもできなくなったから。

「うーん、いつもよりちょっと早いけど、もうディーは来てるかな?もし居なかったら、1人で探検していればいいから大丈夫。」

その日、私はディーと遊ぶことで頭がいっぱいで少し浮かれていた。階段を2段飛ばしで駆け上がって、1番上について風が吹き抜けるのを感じた。予想通りディーはまだ来ていなかったから、少しなら大丈夫と思って私は敷地外の森に飛び込んだ。

そうして歩いているうちに、私は草むらの中で丸まった茶色い塊を見つけた。

「んー?あれ、なんだろう?石みたいだけど、それにしては何かモコモコしてるような気がする。気になるけど、何も考えないで急に近づくのはダメってパパが言ってたよね。」

私は足元に落ちていた小石を拾い上げて、それをソレに向かって軽く投げる。すると、目の前のソレはゆっくりと動き出した。

「ちょっと、それは良くないかも…………。」

起き上がった茶色い塊────熊は私を向いて近づいてくる。私は必死に走って森から出ようとした。ただその時の私は恐怖という感情よりもおいかけっこをしているような、そんな気持ちだった。私はただじゃれあいっこをしているつもりだったけど、もちろん相手はそんなこと思ってもいない。当然、目の前の生き物は急に現れた小さな敵を排除すべく行動する。

私にとって運が良かったのは、あの時の熊が野生のものではなかったことと、すぐに助けてくれた人がいたことだった。ガブッと脚を噛まれた私は、意識が朦朧とする中で近づいてきた男の姿を見た。赤い髪に赤い目。彼は興奮状態の熊を追い払ったあと、私にを飲ませた。それが何だったかはわからないけど、それのおかげで助かったことは間違いないと思う。

そのあと私は意識を失って、その間にディーが私を見つけて屋敷まで運んでくれたらしい。命こそ助かったけど、私の脚には後遺症が残った。もう二度と歩けないこともわかっていた。私は屋敷から出られなくなって、ディーも責任を感じたのか私に会いに来ることはなかった。

それが、私とあの子の最後の記憶。顔も声も思い出せないけど、私には確かに友達がいた。叶うなら、もう一度あの子にあって、前みたいに走り回って遊びたい。だけど、そんなわがままを言うこともできないほどに、私は成長してしまった。


今はもう、無邪気な女の子ではない。

私は、貴族パパの娘なのだから。

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