〈モエギ〉

「シノノメ、どこを調べるの?地下でもいいけど、できれば違うところがいいな。さっきも行ったし。」

食堂を出たあと、アサギは少し用があるからと言って私はシノノメに預けられた。そして今は何故か、アサギの真似をしてシノノメに抱き抱えられている。

「そう?じゃあ他の部屋を調べようか。どの部屋がいい?」

「…………アサギの部屋。じゃなくて、もうおろして!」

そう言ってシノノメの腕の中から飛び降りる。コンと、硬い音が鳴る。

「義足、テツグロおじさんに作ってもらったんだから本当は歩けるの。だけど、アサギには黙っててね。教えたらびっくりして心臓が止まっちゃうから。」

「え、う、うん。」

「わかったなら早く行こう。時間無いの。」

戸惑いながらシノノメが後ろを着いてくる。何を心配しているのか、ずっとキョロキョロ見回している。私はわざと足を早めた。シノノメよりも先にアサギの部屋に入らないと。


…………アレが見つかる前に隠さないと。


「ねぇ、いくらなんでも歩くの早すぎない?」

「────!そ、そうかな。ごめんね、焦っちゃったの。ほら、アサギに見られたくないし。」

嘘。結構早く歩いたつもりなのに、もう追いついたの?やっぱり、あの人には勝てないんだ。もう、なんでよりによってあの人の力を借りてるシノノメと一緒に居ないといけないの?

「アサギの部屋、私は何度か入ったことがあるけど、シノノメは初めて?」

「うん。入る用事もないから。」

「そっか、ならびっくりするかもね。」

ベッドサイドに置いてあった小瓶を持ち上げてシノノメに見せる。中には小さな錠剤が半分ほど入っていた。

「何、それ。薬?」

「睡眠薬だよ。テツグロおじさんが作った、特別な睡眠薬。何からできてるかは私も知らないけどね。」

シノノメは驚いて固まっていた。

「やっぱり知らなかったんだね。まあ、シノノメは来るのが遅かったから、知らなくてもしかたないかな。アサギは、パパは病気なの。精神的な病気だから、テツグロおじさんには治せなかった。シノノメはまだいなかった頃だけど、夜になると暴れることもあったんだ。」

「そんなの、想像できない。」

私からしたら、今のアサギの方が信じられない。狂気にのまれかけた状態がずっと続いていたのに、今はシノノメに気づかせないほど普通の生活をしている。だけど、それも無理をしているみたいで。

私が気づいてないと思ってるのかな。私だって、ずっとパパのそばにいたのに。私の方が、同じ時間を過ごしてきたっていうのに。

「住んでた家が燃やされた。テツグロおじさんのおかげで助かったけど、いっそあのとき一緒に死んだ方がパパにとっては楽だったかもしれない。そう思うの。」

「…………でも、それは違うと思うよ。」

シノノメは言葉を選びながら、ゆっくりと話す。

「もし死んでしまったら、ここに来ることもなかった。モエギの足が治ることもなかったし、僕たちと会うこともなかった。少なくとも、僕には今のアサギは幸せそうに見えるよ。」

「それはだよ。」

「ニセモノ…………?」

シノノメは首を傾けて悩みこんでしまった。単純な考え方をするのはいいことだけど、それがいつも正しいとは限らない。誰かを守るためなら、嘘をつかないといけない時もある。


ずっと守られてきたんだね、あなたは。

優しすぎるあなたにはわからない。

今日を生きることで必死な人生があることを、

あなたは知らない。


「さぁ、この話はおしまい!早く調べよ。」

「え、あ、うん。でも、アサギの部屋に何かあるとは思えないんだけど。」

きっちりと整頓された部屋を見回してシノノメは言った。怪しいものを隠せないほど物が少ない部屋。ううん、全部見えないようにしまってあるんだ。簡単に触れる場所に置いてあったら、きっと壊してしまうから。

「アサギが犯人じゃないって言える訳じゃないんだけど、でも、ここには何も無いと思うんだ。仮にアサギが犯人だったら、自分の部屋には隠さない気がする。」

「うーん、じゃあシノノメはどこに大事なものが隠してあると思うの?」

「それは、研究室だと思う。あそこは僕たちが入ることはほとんど無いから、隠したものなのか元からあったものなのかわからないし。」

「でも、血が付いてたら流石にわかるんじゃないかな。そういうのを隠すなら、いっそのことその場に置いておいたらいいと思うの。だけど隠したってことは、なにか意味があるんじゃないかなって。あ、でもアサギを疑ってるわけじゃないの。全部の部屋を見るつもりだから。最初にパパの部屋を見ておきたかったの。」

ここには私より先に入った人は居ないなず。だけど、アレがここに無いってことはまだアサギが持ってるのかも。多分、それが一番いいんだけど、それでも他の人に知られたら都合が悪いのは変わらないんだよね。

部屋の中を歩き回りながら、棚の中を見て寝台の下を覗いても何も見つからないことを確認する。ちょうど2周した頃に「あ、」とシノノメが声を上げる。その手には、小さな金属のパーツが握られていた。

「これ、なんだろう?」

「嘘、どこにあったの?私は気づかなかったのに。」

「このケースの底の下だよ。宝石を入れるのに使うことが多いんだけど、空のまま置いておくのは珍しいよ。アサギが宝石を持ってるの見たことないし、元々何も入ってなかったんじゃないかな。」

宝石ケースの中から出てきた金属部品。アサギがこんなものを持っていたのは知らなかった。そもそもこの宝石ケースのことも、私は知らない。見たこともなかった。

「ねぇ、それ、私が持っててもいい?」

「こんなのが欲しいの?」

「うん。アサギに聞いてみようと思って。他の人が聞くより私が聞いた方がいいから。」

「それはそうだ。アサギは、モエギにだけは甘いんだから。」

そのとき、どこかから楽器を弾く音が聞こえた。どこかで聞いたことのあるメロディー。分かるようで分からない、音の正体。不思議な感覚に身を任せるように、次第に私の思考は記憶の奥底へと落ちていった。


まるで、そうしろと言われているように。

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