9話 蒼心祭③燃え上がる体育祭

 『選手宣誓! ボクたち、私たちは、如何なる場面になろうとも正々堂々とスポーツマンシップにのとって、競技に臨むことを固く誓います――――』

 少し肌寒い時期になりつつある十月下旬。俺たちは蒼心祭の一つである体育祭に臨んでいた。

 応援台の上には、学園執行部会副会長の暁冬華先輩と書記の若宮涼汰先輩が揃って選手宣誓を行っていた。

 しかしなぜか、暁先輩が、若宮先輩がと言っている。

――――いかにも暁先輩らしいな。そんなことを思いながら俺は、先輩たちの言葉に耳を傾ける。

 選手宣誓が終わり、すぐに大会開始のアナウンスが流れる。

〈それではこれより体育祭を開催します。最初の競技は玉入れです、出場する選手の皆さんは指定の場所に集合してください〉


 競技開始の放送が入り、紅白に分かれている男女がいくつかのグループに分かれ始める。その中に透哉と胡桃の姿も見えた。

「よろしくね。ユウマくん」

 近くに来た西園寺がニコッとした笑みでそう話しかけてきた。ちなみに暁先輩もなぜか白組だったらしく、西園寺の後ろにいた。どうやら若宮先輩は紅組だったらしい。

「よろしく頼むよ」

 と、凛々しい笑みを向けてくる。

「こちらこそよろしくお願いします」と返して、競技の準備に入る。


 学園執行部会の別の先輩が「それでは、玉入れを始めます。各自、いちについて―――始め!」とかけ声を発した瞬間に暁先輩がすごい勢いで走り去る。さらにその小柄な体躯からは、想像できないほどのスピードと正確さで次々に玉をカゴの中に入れていく。

―――すごいな。あの体格からどこからあんなパワーが出てくるんだ、と不思議に思っていると「ほら、ユウマくん。私たちも行くよ」

 俺にそう声をかけてきた西園寺が、両手いっぱいに玉を抱えて、一個一個一生懸命に投げ入れる。

 なかなかうまく入らない。

「っうう~どうして上手く入らないの? 助けてよ、ユウマくん」

 開始数分で、SOSを求められる。さっきまでのやる気は何処にいったんだ?

 心の中でツッコミを入れながらも、「頑張れ! 西園寺―――」とエールを送る。

 制限時間が迫る中、暁先輩は破竹の如く勢いで白組の勝利に尽力していた。

 終了のホイッスルが鳴り、審判を務めた学園執行部会の先輩たちで紅組と白組のた玉の数を確認する。


―――今更ながら、暁先輩が競技に参加するのは良いのか? と疑問に思う。

 なぜならこの体育祭の運営は学園執行部会が主導しているからだ。そう思って、暁先輩に小声で訊いてみると「大した問題はないさ。学園執行部会副会長とはいえ、ボクも学戦の生徒であることに変わりはないからね。一応、参加資格は有している、それに学園執行部会のメンバーで交代で競技に出たり、大会運営をしているから問題ないさ」

 得意顔で話す暁先輩。はやり開校以来の天才と評される人が考えることは違うなと思い知らされる。疲労が溜まるどころかイキイキとしていた。

「他の先輩たちは大丈夫なんですか?」

「心配はいらんさ。ボクら学園執行部会にそんな貧弱な人間はいない」と自信満々に言い放つと同時に、不穏な呟きが聞こえてきた。

 競技を終えたらしい若宮先輩が「……ああ、疲れた。帰りてぇ」と呟いていたのが聞こえてくる。

「あの――――? 先輩。若宮先輩はああいっていますが?」

「ま、まあ中には彼のように体力に自信がない人もいるさ………」

 その声を訊いた暁先輩が都合が悪くなって、明後日方向を向く。

 声は凛としたままで一見したら何とも感じていないようだったが、僅かに耳が赤くなっていた。


自分のクラスの場所に戻って、軽く水分補給をしてから置いて体育祭プログラムに目を通す。

 それによると次は、綱引きだった。一回目が男子と女子混合の玉入れだったのに対して、次の競技は男女別になっている。

 確かに、男女で筋力や力の差がある以上は常識的に考えた結果と思えば、自然な判断である。

「次は私の番か」と意気揚々と言った様子で、集合場所に向かっていた。

「どうだ俺の彼女すごいだろ?」

 となぜか、透哉が俺にマウンティングをしてきた。


 女子紅白チームが、それぞれのチームが揃って中央に向かい合うようにして並ぶ。

「負けないからね九音」

「私もだよ胡桃」

 対面に向かった二人は、バチバチと火花が飛び散りそうな勢いで、見つめ合っていた。普段は仲が良いだけに、こうして対決したところを見るのは初めてだった。

「面白い戦いになってきたな」

 不意に後ろから訊き慣れた声が聞こえる。振り返ってみると若宮先輩がいつの間にか腕を組んで佇んでいた。

「…………!!」


 驚いて固まっている俺に構うことなく、若宮先輩は続けて言う。

「昼神と藤堂の彼女、どっちが勝つのか? 楽しみだな………」

 ニヤリとした笑みを俺に向けてくる。言われた言葉を理解するよりも、爽やかな笑みを浮かべていることに驚きを隠せずにいた。

「………意外そうな顔だな」

 黙りこくっていた俺に片眉を上げて。若宮先輩が訊いてくる。

「そんなにイジメないでやってくださいよ。若宮先輩」

 透哉が持ち前のコミュ力と人当たりの良さを活かして俺の前に立つ。

 そんなやりとりをしているうちに女子の綱引き対決が始まった。

―――せの、それ―――それ―――」

女子たちの甲高いかけ声が会場に響く。

「んんっと――――それぇぇ、フェイト! 白組――――」 

「そおぉれぇ―――みんな頑張って――――」

 二人が中心となって、それぞれのチームを励まし、引っ張っていた。


しかし、状況は互いに拮抗している。紅組が引っ張っていけば、白組は押し返しと一進一退の攻防を繰り返していた。

「汗握る展開だな」

 隣に立っていた若宮先輩がポツリと零す。

「どうでしょうね」

「俺は胡桃が勝つと思います!」

 曖昧な俺の答えに対して、透哉は自信たっぷりな声で答える。

「どうしてそう思う?」

 興味を持ったように若宮先輩が透哉に質問を投げる。

「俺のはただの勘です。確かに西園寺さんは運動神経抜群って感じだけれど、さっきの玉入れの感じからして、球技系は苦手だと思ったからです」

 透哉が冷静な分析を交えた意見を若宮先輩に言う。

「そういう先輩こそどっちが勝つと思っているんですか?」

 今度は、透哉が若宮先輩に質問する。透哉の言葉を訊いた先輩は、しばし考えるような仕草をする。

 数秒経った後に、「さあ俺には分からないな」と肩を竦めて、どこかに立ち去ってしまった。


 嵐のように去ってしまった若宮先輩を見送った俺と透哉は顔を合わせ苦笑した。

 その後、視線を闘っている二人に戻して結末を見守る。結果は、俺たち白組の勝利で終わった。

 タイムアップになる数秒前に、紅組の先頭の綱を引いていた子たちの体力が切れてしまい、体勢を崩したところを一気に引っ張られてしまった。 

 胡桃たちも奮闘はしたが、完全に体勢を立て直すことができなかったようだ。

 勝負が終わり、一列に向かうように並んだ双方のチームが清々しい声で挨拶をして会場を後にする。

 額に流れた汗を吹きながら、胡桃が自分の席に戻ってきた。

「お疲れ! 胡桃。残念だったな」

 奮闘してきた胡桃に俺と透哉が労いの言葉をかける。

「あ―ーもう――。ホント悔しい~~---」

 地団駄を踏むながら、悔しがっている胡桃を見た透哉が「よく頑張ったな」とポンポンと頭を撫でる。

「ユウマくん。私もご褒美が欲しいな」 

 いきなり、背後から西園寺の声が聞こえてきた。

「さ、西園寺…………!?」

 視線を向けるとニコッと笑みを浮かべて、小さく首を傾げていた。

「あるわけないだろ、そんなの」とぶっきらぼうに言うが、物欲しそうな瞳で俺の顔を見てくる西園寺に頭を抱えそうになった。



 それから順調に体育祭は進んでいき、僅差で紅組の勝利となった。

「紅組の諸君。優勝おめでとう」

 優勝景品の授与式にて、暁先輩はそう称賛の言葉を述べた。

「ボクも三年間の中でいちばん思い出に残るものになった。本当にありがとう」

 と爽やかな笑みを浮かべて挨拶を締めくくる。

 暁先輩の利発的なスピーチが終わると全校生徒から盛大な拍手と一部の生徒たちの猛烈な黄色い声援を送られていた。

 そんな中、俺はやっと忙しく、慌ただしい一日が終わったと胸を撫で下ろした。

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