8話 蒼心祭②体育祭に向けて

 慌ただしいかった文化祭も終わり、休み間もなく来月に迫った体育祭に向けた準備が学園執行部会主導の下で行われていた。

 俺たちのクラスも文化祭実行員を務めた胡桃が引き続き、体育祭の実行委員も担当することになった。


「ユウマ、悪いんだけどさ。体育祭の実行員を一緒にやってほしいんだけど」

 ホームルームが終わって、放課後になった途端に、胡桃から声をかけられる。いきなりすぎて、色々と状況が理解できずに固まっている俺に、「沈黙は肯定ってことで良いよね?」と西園寺のようなことを言い出す。


「ちょっと待て―――どうして俺なんだ。そんなの透哉に頼めばいいだろ!?」とおれの横でニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている悪友を指さしながら言う。

「私もできれば透哉とやりたいけれど、今回はそれじゃあダメなのよ!」と言って、頑な姿勢を崩さない。

「何か理由があるのか?」

 真剣な声で話す胡桃。その声を訊いた俺は確認のために訊く。


 きっといつもの彼女なら、恋である透哉とやりたがるのは明白だし、透哉もそれを拒みはしないと思う。だが、今回胡桃は透哉では区、俺に声をかけてきた。

 それにはきっと理由があるはずだ。

「理由をあるんだろ? お前が透也以外の奴とやりたがらないのは知っているからな」

 そして暁会長の鶴の一声で、各クラスから助っ人を一名派遣することが決定され、胡桃の御指名を受けた俺は強制的に行くことになった。

 放課後、学園執行部会室の中に入ると、すでに先に来ていた先輩たち視線を浴びる。

 室内の中央に三つの長机がコの字型に置かれていた。


「遅くなりました。すみません」

 先輩たちの何やら言いたげな視線に委縮した胡桃がペコっと軽く頭を下げる。

「やあ、胡桃くん、ユウマくん」と暁先輩が俺たちに声をかけてくる。

「遅くなってすみません。暁会長」

「構わんさ。まだ時間には余裕がある」

といって、ちらりと部屋の中にある時計に目を向ける。

 会議が始まるまではあと十五分ほど時間があった。さて、その間、この人と何を離そうかと考えていると「おや? 九音くんまだ来ていていないのかい?」

 おでこに片手を当てて、キョロキョロと室内を見渡す。


「西園寺も来るんですか? 暁会長」

 思わず俺は訊いてしまった。

「何だい? キミは九音がいない方がい良いのかい?」

 見透かしたような目をしながらそう言ってくる。

「えっと、その、あの――――」

 口籠っている俺を見た暁会長は、くすくすと笑う。

「…………遅れてすみません。っと……よろしくねユウマくん」

 訊き慣れた声が教室の扉の方から聞えてきた。


「噂をすれば影すればなんとやらだな」

 タイミングよく表れた西園寺の姿を見た、暁先輩がくっくっと笑みを零す。

「おや? 九音くんだけかい、他の子はいないのか」

 一人で中に入ってきた西園寺に暁先輩がそう尋ねる。

「………はい。暁先輩にはもう一人、連れてくるように言われましたが、クラスの方も色々と忙しいので、今回は一人で来ました」

 真っ直ぐ暁先輩を見据えて堂々とした声で言う。西園寺の言葉を訊いた俺は周りを見る。

 すると、確かに西園寺の他にの先輩たちも一人だけで来ている人もちらほらといた。

「構わんさ。あくまで強制ではないからね。ボクが言ったのは」

 と言って、微笑を浮かべる。

 西園寺も混ざって雑談して間もなくしたころ、時計の針が定刻の時刻を示した。

 と、同時に優しい雰囲気で後輩たちと談笑していた暁先輩の雰囲気が、ガラリと変わり凛とした表情になる。


「時間だ! 全員、席に座りたまえ」

 暁会長のハスキーな声が室内に響き渡り、その場にいるすべての人の気が引き締まった。幻想かもしれないが、その場にいた俺にはそう見た気がした。

「では、今期体育祭についての第一回目の会議を始める」

 進行役を務めるらしい暁先輩が話を始める。

 俺の目の端に見覚えのあるシルエットが見えた。いつの間にか暁先輩の横に若宮先輩が座っていたのだ。


――――さっきまではいなかったのに、いつの間にそこにいたんだ? 忍者かあの人は…………。

 と、心の中で思っているとそれが本人にも伝わってしまったのか、ムスッとした表情をされる。

「…………」

「どうしただい? りょ―?」

 一瞬ムスッを表情をした若宮先輩に、暁先輩が心配したように声をかけていた。

「いや別になんでない」

 ぶっきらぼうに言い返した若宮先輩を何かを感じ取った暁先輩が、言いたげな視線を向けるが…………。会議中だったためか、それきっきり何も言っていなかった。


 何事もなく会議は進み、手始めに体育祭のテーマと種目について話し合いになった。

 まずは自己紹介をする流れとなり、暁先輩から始まる。

「改めてになるが、ボクは三年の暁冬華だ。よろしく頼む」

 堂々した態度とよく通る透明感のある凛とした声で言う。それに続いて、他の三年生、二年生、俺たち一年生と言った感じで自己紹介する。


 一通り自己紹介が済んだところで、暁先輩が再び口を開く。

 「まず始めに体育祭のテーマを決める。意見がある者は遠慮せずどんどん言ってくれたまえ」と意見を求める。

 暁先輩の言葉を訊いた西園寺がおずおずと手を挙げて、「良いですか」と声を上げる。

「どうぞ九音くん」

 女神のような微笑を浮かべた暁先輩が声をかける。

「今までの文化祭ではどんなテーマがあったんですか?」

 不思議そうに小首を傾げた九音がそう尋ねる。


「…………っと、これは失敬した。九音君くんの言う通り、過去にどんな風に決められていたのかを知らなければ、傾向や特徴を掴むこともできないな」

 我ながら失念していたと呟いて、他の学園執行部会のメンバーの子に資料を持ってくるように指示を出す。

 皆に資料が行き届いたことを確認した暁先輩が、資料に目を通しながらもう一度、「意見がある者は遠慮せずに出してくれ」と言う。

 あれこれと意見が出始めて、書記を担当している先輩がホワイトボードに出た意見をどんどん書き出していく。

 胡桃が「それにしても意外とノリがるテーマが多いんですね。進学校だからもっとお堅い感じのテーマだと思ったのに」

 胡桃がボソッと呟くのを訊いた、暁先輩が「っふふ。意外だろ?」と自慢げに微笑む。

 俺も一通り過去のテーマに目を通す。直近では以下のようなものがテーマとして挙げられていた。

 

・〈みんなの想いを一つに! 常盤ヶ原学園ファイト!〉

・〈ぶちかませ! マジ卍万時!!〉

・〈勇氣・希望・信念〉

 と言った感じの個性豊かなテーマがたくさんあった。


 両脇に座っていた西園寺と胡桃を見ると、めいめい、思うところがあったのかじーーと資料を眺めていた。

「りょ―。キミは何かアイディアあるかい?」

 暁先輩が隣に座っていた若宮先輩に意見を求める。

「…………」

 だが、若宮先輩は暁先輩の言葉に答えることなく沈黙を貫いていた。

「………りょ―?」

 不審に思った暁先輩がちらりと横目で見遣る。

「俺なんかが………天才と言われている暁さんに意見するなんておこがましいです」

 自嘲気味に言う若宮先輩に、暁先輩は真剣な声で言い返す。

「そんなことはないさ。りょ―……キミは自分が思うほど優秀だよ、他でもないボクが保証する」

 励ますような言葉をかける暁先輩。

「…………」

 だが、若宮先輩には暁先輩の言葉は届いていないようだった。そんな暁先輩を見た俺は、何とも言えない気分になった。

 そんなことを思いながらも会議はつつがなく進んでいき、一時半間ほどたったところで。

「よし! 文化祭のスローガンはこれ決定だ」

 そう言って、暁先輩が俺たちに向かってバンとホワイトボードを叩く。声と同時に視線をホワイトボードに向ける。


<~蒼心祭 見せろ! 俺たちの熱意と情熱~>

 

 スローガンを見た俺は、心の中で安堵する。今までの傾向からしてとんでもないものがくるのではないかとヒヤヒヤしていたからだ。

「どうしたの? ユウマくん」

 俺の表情を見た西園寺が、不思議そうに訊いてくる。

「いや、なんでない」と誤魔化す。

 小休止を取った後に、体育祭の種目決めを行う。暁先輩が、さきほどと同じように過去の資料を人数分配るように指示を出す。

「へえ、進学校にしては、がっつりとやるんだね」

「そうだね、少し意外かも」

 休憩後に俺と席をの位置を変えた西園寺が、胡桃と隣同士に座りながら話す。

 その声を訊きながら進行役である暁先輩が、中央に置かれたホワイトボードに流麗な文字で過去三年間に行なわれた種目の名前を書いていく。


・綱引き

・パン食い競争

・騎馬戦

・玉入れ

・借り物競争

・二人三脚

・100mリレー


「…………こんなところか」


 以上の七種目が挙げられていた。どうやら組み合わせや種目数は例年通りのようだ。

「ちなみに優秀したクラスにはどんな景品が送られるんですか?」

 と、胡桃が訊く。


「例年によってバラつきはあるが、確か去年は金一封が進呈されはずだ」

 と、若宮先輩の方をちらりと見て、思い出すように言う。

 それを見てしまった俺は、二人はどういう関係なのかと考えてしまう。

「どうしだい? ユウマくん」

 俺の視線に気付いた暁先輩が試すように訊いてくる。

「いえ、何でもないです」

 暁先輩の圧に負けた俺は、差し障りのないことを言って、上手く誤魔化す。

 


翌日の朝のホームルームに体育祭の紅白決めが行われた。

「決め方はお前たちで話し合ってくれ」と言って担任は教室を出て行ってしまった。

「さて、どうしょうか。みんな、何か希望とかあるかな?」

 困った笑みを浮かべた胡桃が、教壇に立ってクラスメイト達に訊く。

―――俺は何でもいいよ、私も何でもいいよ。なら、くじ引きといいんじゃない

 と、様々な意見が出ていた。


 それぞれ出た意見を板書した胡桃が、「今回はくじ引きでいくね」と言って、担任から必要なものを貰いに行く。

 しらばらくして戻ってきた胡桃は四角形の箱を両手に持っていた。

「お待たせ―――それじゃあ始めるよ」と言って、自分が持っている箱から順番に一枚ずつ引いていくように指示をする。

 胡桃が見守り中で、クラスメイト達が順番に引いていく。俺も列の後ろに並び透哉の後に引くと白組だった。

 そして、透哉は胡桃と同じ紅組になったようで、滅茶苦茶二人で喜んでいた。

 後で分かったことなのだが、西園寺も同じ白組だったらしく滅茶苦茶嬉しそうに報告してくれたのだった。



 

 


 



 



 

 

 

 



 




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