10話 クリスマスと聖なる夜のプレゼント
文化祭と体育祭も無事に終わり、一カ月が経った十二月の初旬。
私は親友である九音からとある相談を受けていた。
「あのね、胡桃…………実は昼神先生から―――」
九音が指をもじもじとさせながら詳しく話し出す。
「ふーん、なるほどねぇ―――」
一通り話を訊いた私は腕を組んでそう唸っていた。
昼神先生はユウマの実姉で常盤学園に赴任したばかりに新米教師だ。
ユウマを堕とすためのアドバイスを受けたらしく、その内容があまりにも過激なもので自分に実行できるかどうか不安になっているようだ。
「胡桃~!!」
捨てられた子犬のような目で私を見てくる九音を宥めつつ何かいい手がないかを考えるとハッと雷に打たれたように閃く。
「それじゃあさ、九音こういうのはどう――――」
九音に内緒話でもするのような小さな声でコソコソと話をする。
私の話を訊いた九音は耳から首の下まで真っ赤にした九音が「そんなの無理だよー」と言ってポカポカと軽く肩を叩いてくる。
「でも、ユウマのことを堕としたいならやるしかないよ? こうでもしないとあの鈍感オタクは気付いてくれないからね。だからこそ恋は攻めてこそ…………、てね」
ニコッと蠱惑的な笑みを浮かべた胡桃がそう言ってくる。
「簡単に言ってくるなぁ――――」
と胡桃の言葉に苦笑する九音。そんな九音の表情を見た私は「頑張ってよ!? 九音――――」と励ましの言葉をかける。
「…………ありがとう、胡桃」
恥ずかしさからか、少し顔を背けながら九音がそう言葉を返す。
その週末…………。私は透哉と週末デートに出かけていた。最近は、文化祭に諸々の学校行事が重なったせいでデートができずにいた。
「…………久しぶりの透哉とのデート、最高~~---!」
人目も憚らずに今まで我慢した分、思い切り透哉とイチャラブしていた。
きっと九音やユウマが見たら呆れ果てるだろなと思いながら私は透哉の二の腕にコアラのようにしがみ付く。
「見てみて! 高校生カップルかな―――、初々しくてかわいいいぃ――――」
たまたま近くを通り過ぎた大学生くらいの女子グループがこちらを指さしながらそう言っていたのが聞こえてきた。
いつもは鋼のメンタルで嫉妬や羨望の眼差しを受け止めているが―――――。
(さすがに、そんなあからさまに言われると恥ずかしいよぉ―――)
心の中でそう悲鳴を上げる。
すると隣にいた透哉がさりげなくさらに距離を詰めるように抱き寄せてきた。
まるでそんなの気にするな、もっと見せつけてやれと言わんばかりに。
そんな彼氏の静かなる意思表示により一層、好きになっていく。
週明けの月曜日。いつものように透哉と並んで通学路を歩いているときのことだった。
「うぅ―ーどうしよう、私にはそんなことできないよ」
珍しく一人でいる登校している九音が朝からそんな呻き声を上げていた。学園では高値の花、学園一の美少女と言われている九音がだ一人の男子のことでこんなにも頭を抱えているのだ。きっと他の生徒たちが見たら嫉妬や憎悪と言った負の感情で暴動が起こりかねないだろうと遠目から見ていて思う。
一途で可愛らしい親友に近づいていき、「おはよ九音。どうしたの? 朝から浮かない顔して―――――」
今に死にそうな顔をしている九音にそう訊いてみる。
「胡桃ぃ―――って藤堂くんは? 今日は一瞬じゃないの?」
飼い主を見つけた迷い猫のようなウルウルとした瞳をさせていた九音がハッとしたように尋ねてくる。
「あんたって、ほんと忙しないわよね。悲しむか驚くかどっちかにしなさいよ」
そう辛辣な言葉を投げると――――。
「…………」
図星のためか黙りこくる九音。そんな彼女の様子を見た私は「もしかして、さっきまで浮かない顔していたのはこの前のことの続き?」
ため息交じりにそう訊いてみると無言で頷く九音。
「やっぱり不安になっちゃって―――これまで身勝手に振る舞ってきてたくさんユウマくんに迷惑をかけてきた私なんかが振り向いてもらえるのかなって」
「前にも言ったけれど、恋は攻めてこそなのよ? それに進めば二つ、下がれば一つっていう言葉もあるわ」
「…………そんなことば初めて聞いたよ。その進めばって言うのはどういうことなの?」
私の言葉を訊いた九音は不思議そうに小首を傾げる。
「そうね、例えばこのまま九音がユウマにウジウジとして気持ちを伝えなければこのままの関係でいられるわよね? でも勇気をだしてもう一度、素直な気持ちを伝えたら、頑張って気持ちを伝えたというのと、ユウマと恋人になれるチャンスを手に入れられるってわけ…………」
得意顔でそう説明してみるが九音の表情はさして変わることはなかった。
「もうどうしたのよ? いつものあんたらしくないわねぇ」
苦笑じみた微笑みを向けると。だって…………、と悪戯をして怒られた子供のような顔をする。
「そんな顔しないの! せっかくの可愛い顔が台無しだよ」
と言って九音のお餅のように柔らかそうな頬にぷっくぅ~と自分の頬を押し付ける。
「ちょっと止めてよ~~---」とくすぐったそうにしている九音を見てすごく微笑ましい気持ちになる。
週末の土曜日。九音は街中に出ていた。
「そろそろクリスマスも近づいてきているし、何とかしてユウマくんと恋人になりたいよぉ――――」
そんな独り言を言いながら歩いていると後ろから訊き慣れた声が聞こえてきた。
「西園寺じゃないか。こんなところで何をしているんだ?」
振り返るとそこには―――――。
………今まさに恋焦がれている男の子と瓜二つの顔をしたクールな見た目をした女性が立っていた。
「昼神先生………どうしてここに!?」
九音の前にいたのはユウマの実姉であり常盤学園の新任教員である昼神琴音であった。
「ちょっと見回りだよ。そろそろ冬期休暇も近づいてきているし、この時期になると浮かれる生徒も多いからな」
琴音は面倒くさそうに後ろ手で頭を掻きながらそう言う。
「それで? お前の方こそ一人で何をしているんだ?」
まるで悪戯しようとした子供を叱るような口調でそう言ってくる琴音。時刻はまだ19時になったばかりだったが、どうやら教員である琴音には関係ないようで「優等生である西園寺が夜遊びなんて感心しないな………親御さんが知ったら悲しむんじゃないか」
と、盛大な勘違いをしていた。
「ち、違います。習い事の帰りです」
「いつもの迎えの執事はどうした?」
「伊織には私から休暇を言い渡しました」
弁解するため少し早口で事情を説明する九音をじっと見る琴音。
「ほぉ――――」
興味津々と言った感じで顎に指を添えて考え始める琴音を九音が不安げに見つめていると。
「そんな顔しなくてもいいぞ。別に疑っているわけじゃないんだ」
優しい笑みを浮かべた琴音がそう言う。
「なるほどな。それでこんな時間に西園寺グループのお嬢様が一人で夜道を歩いているわけか。それでユウマは何をしているんだ? お前たち付き合っているんだろ?」
見透かしようなことを言ってくる琴音に九音はつい顔を逸らしてしまう。
そんな九音を見て何かを察した琴音がある提案をする。
「なあ、西園寺。私に良い考えがあるんだが―――」
悪い笑みを浮かべた琴音がそう話を切り出す。
(前とは違う提案なのかな―――)
そんなことを考えながら琴音の話に耳を傾ける。
琴音からとある提案をされた翌日の朝。九音は歩いて学園に登校していた。
伊織には休暇を言い渡しているため送迎をしてくる人がおらず、自分で歩いているわけである。
そんな九音の背中に訊き慣れた声をかけられる。
「九音じゃんか! 珍しいね歩いてくるなんて――――」
目を丸くした胡桃がそう言って嬉しそうに九音の隣に来る。
それから三人で学園に歩いていき、それぞれの教室に向かっていく。
朝のホームルームで担任から諸連絡を受けた後、昼休みになるまで授業を受ける。
昼休みになり、三人でカフェテラスにて昼食を食べているところで意を決したように九音がユウマに話をする。
「ねえユウマくん………」
と、九音がいつもの強気な態度からは想像できないような弱気な言い方をする。
まるでこちらの顔色を窺うような、何とも九音らしくないと思っていると。
「今更こんなの私らしくないよね………」
どこか不安げで儚げに上目遣いで訊いてくる。
いつもと違った感じの九音に少しドキッリとしてしまう。
「………」
そんな二人を見ていた胡桃がくいっと九音の肩を抱き寄せて耳打ちする。何を言っているのかはよく聞えなかったが、察するにそんな弱腰でどうするのよみたいなことを言われているのだろと予測していると、どうやら図星だったらしく胡桃の言葉に分かりやすいくらい九音がしょんぼりと肩を落とす。
そんな様子の九音を透哉が何か言いたげに見ていた。
それから本格的に外が雪化粧に染まっていった中頃。
九音はユウマに渡すためのクリスマスプレゼントを探していた。
「うーん、ユウマくんは何が欲しいのかな………」
あっちこっちのお店をはしごしながら九音は大好きなユウマのためにプレゼント選びに奔走していた。
クリスマスも近づきつつあり、何を渡すのか決めかねている九音。
どうしようかと途方に暮れているところに見知ったシルエットの二人組を見つけた。
「胡桃、藤堂くん―――」
目の前には寒さに負けないくらい熱々ラブラブな様子で透哉と胡桃が恋人繋ぎをしていた。
「どうしたの九音、何だか浮かない顔しているけれど?」
手を繋いだままの胡桃が不思議そうに首を傾げながら訊いてくる。
「実は―――――」
意を決したように二人に相談する。
「ふーん、なるほどね」
九音の話を訊いた胡桃は腕を組んで唸る。
「やっぱり難しいかな、胡桃」
悩む胡桃を見て九音は不安げにつぶやく。
「そんなことないよ、西園寺さん」
しょんぼりと肩を落とす九音を見た透哉が慌てたようにフォローする。
「それじゃさ、こういうのはどうかな」
そう言って、悪戯っ子のような笑みを浮かべた胡桃がとある計画を思いつく。
それからさらに時間が過ぎていきクリスマス当日………。
珍しく緊張した様子の九音は駅前のイルミネーションの近くで温かなコートを羽織り、首元にマフラーを巻いてユウマが来るのを待っていた。
「悪い………待たせた」
と、透哉が肩で息をしながら慌てて様子で走ってきた。
(………良かった来てくれたんだ)
ホッとしたようにため息をついた九音に「もしかして、そんなに待たせたのか」とユウマがウロウロと慌てだす。
「大丈夫だよ。 私も今来たところだから」
と、微笑を浮かべる九音。
その笑顔を見たユウマは図らずもドキリッとしてしまう。そんなユウマを見た九音がどうしたの?と不思議そうに小さく首を傾げている。
「いや、何でもない。それより早く行かないか」とユウマが言う。
「………そうだね」
そう嬉しそうな口調で答えた九音がユウマの手を引っ張って歩き出す。
「そんなに引っ張らなくても俺は逃げたりしないぞ」
「それは分かっているよ。そうじゃなくて私が――――」
顔を赤らめながらブツブツと独り言を口にしている九音。
それから二人は駅からJR北陸新幹線に乗り込む。
「どこに行くつもりなんだ? 西園寺」
少し呆れたような口調でユウマがそう訊いてくる。
だが例の如く「それはついてからのお楽しみだよ」といつものように教えてもらえなかった。
しばらくゆらゆらと揺られながら目的するまで本を読んでいると、隣に座っている九音がチラチラとユウマに視線を向けてくる。
「どうしたんだ? やっぱり行き先を言う気にでもなったのか」
からかうようにそう言ってみると―――――。
口をパクパクとさせて歯切れの悪い返事をしてくる。
「………」
そんな九音の態度に訝し気な顔をするユウマ。
途中でJR北陸新幹線から上田方面の電車に乗り換えて目的地を目指す。
それからさらに数十分後、上田駅に到着した二人はそこからタクシーを使って移動する。
紆余曲折を経て、とうとう目的の温泉に到着する。どうやらここは県内最大を誇る露天風呂だということを移動中に九音から教えてもらった。
券売機でチケットを買って中に入っていくと売店や食堂、パン、アイスクリームを販売するお店があった。
「西園寺、ここで一泊するのか?」
気になってそう聞いてみると――――。
「ううん、ここは日帰り温泉だから心配しなくても夕方には帰るよ」
どこか寂しそうにそう口にする九音。さらに奥に進んでいくと男子湯と女子湯の暖簾が見える。
「それじゃあ、また後で――――」
そう言って、先に九音が中に入っていく。続いてユウマも入ろうと歩み出した刹那。
「ユウマじゃないか、こんなところで何をしているんだ」
訊き慣れた声が聞こえたので振り返ってみるとそこには幼馴染である藤堂透哉が何食わぬ顔で立っていた。
「透哉………どうしてお前がここにいるんだ!?」
眉根を八の字に顰めたユウマがそう尋ねるが――――。
「俺もたまたま胡桃と来ていただけだ」と透哉は飄々とした声色でそう言う。
「嘘つけ! 何か企んでいるんだろ?」
疑うような視線を向けるユウマに対して透哉はケロッとした態度を崩さずに先に歩いていく。
「そんなことより、せっかく来たんだから俺たちも入ろうぜ………」
と、話題を逸らすように透哉がユウマの腕を引っ張って強引に連れて行く。
それから何事もなかったかのように俺の隣で透也がそそくさと着替え始める。
仕方がないのでユウマも着替えながら隣で待っている透哉の身体を横目で見ると引き締まった身体につい目を奪われてしまう。
それほどまでに同性のユウマから見ても羨ましいと思えるほどに透哉の身体は魅力的であった。
そんなユウマの視線を感じた透哉が「お前だって十分いい身体してるだろ?」とユウマの腹筋周りを触ってくる。
「おい、やめろって―――――」
恥ずかしくなったユウマがそう言って制止するが透哉は構わずにじゃれつく。
散々、透哉に触られまくった後にお目当てのお風呂へと向かう。
念入りに体を洗ってからかけ湯をしてお湯に入る。
すると入った瞬間に丁度いい湯加減のお湯が疲れ切った身体を癒すかのように染み渡る。
「あああ――――極楽、極楽――――」
隣にいる透哉がそんなことを言いながら四肢を伸ばしていた。その様子を見たユウマは小さく苦笑する。
「なあ―――ユウマ」
しばらくお湯に浸かっていると透哉が珍しく真剣な声色で話しかけてきた。
「………何だよ?」
同じく温泉を堪能していたリラックスしながらそう訊き返す。
「今日、何の日か知っているか?」
「クリスマスだろ? バカにするなよ、俺だって――――」
「ああそうだ。それじゃあどうして西園寺さんがここに誘ったかは分かるか」
声色を変えずにそう訊いてくる透哉。
「それはまたいつものように―――」
皆まで言う前に遮るように透哉の声が重なる。
「お前も薄々気づいているかもしれないが、あの子は本気でお前のことが好きなんだ。確かに彼女はやりかたは間違ったかもしれないが勇気を出してその気持ちをユウマに伝えた―――その想いだけは裏切るなよ」といつになく真剣に話す透哉に「分かってる」と返事を返す。
しばらく沈黙だけが流れた後、不意に透哉が「露天風呂も行くか?」と誘ってきたので外に移動する。寝湯に浸かりながら外の景観を堪能していると隣から訊き慣れた声が耳に入ってくる。
「それでどうなのよ? 九音」
「えっと、あの―――」
面白がるような声色で質問している胡桃とそれに狼狽えている様子の九音の会話が聞こえてきた。
「もったいぶらないで教えてよ。もうキスはしたの? ABCは済んだの?」
やたら興奮したように訊いているようだ。
「そういう胡桃の方こそ、藤堂くんとはどうなのよ」
と、仕返しとばかりに胡桃に逆質問をしていた。
九音の言葉を訊いた胡桃は仄かに顔を赤らめながら恥ずかし気に上目遣いで九音を見る。その反応から全てを察した九音も同じく照れたように顔を赤くする。
そのやりとりを聞いていたユウマは隣にいる透哉に「ほどほどにしとけよ………」とにやりとからかうように言う。
「そのうちお前にだって分かるさ」
開き直ったようにそう口にする透哉。
「何言ってんだよ、そ、そんなことある訳ないだろ」
笑って受け流すユウマにそれはどうかなと独り言を零す。
あっという間に日が暮れて何となく流れで透哉たちと駅前まで帰ることになった。
九音は胡桃と雑談をしながら歩いており、ユウマも透哉と歩いていた。
行きと同じようにJR北陸新幹線に乗って長野駅を目指す。
途中で乗り換えた車内で胡桃がどこからかトランプを取り出す。
そして四人で楽しく遊んでいるうちに長野駅に到着した。
西口のロータリーまで透哉たちと歩いてそこで別れて九音と二人きりになる。
時計台を見ると時刻の19時を回ったばかりでちらほらと人が歩いていた。これからどうしたのもかと悩んでいると九音が緊張した表情で声をかけてくる。
「ゆ、ユウマくん。まだ時間いいかな」
耳まで真っ赤になった九音が恥ずかし気にそう訊いてくる。
九音に言われるがままユウマは近くの公園のベンチに座っていた。
しばらくはお互いに話さずに沈黙だけが流れていたが、意を決したようにユウマが「一つ訊いてもいいか………どうして西園寺は俺のことなんて好きになってくれたんだ?」と初めて九音と話した時と同じことを口にする。
「それはユウマくんのことが大好きだから。一所懸命で自分が好きなことを堂々とやれているあなたに一目惚れしたから、それとあのとき助けてくれたから」
真っ直ぐユウマを見て言う九音。
九音の言葉に照れたように頭を掻きながら「『あのとき助けてくれた』」という言葉に引っかかりを感じる。
(あのときっていつのことだ?)
首を捻りながら思い出そうとしていると九音が「もしかして覚えていないの?」と拗ねたように訊いてくる。
「あ―――えっと――――」
瞳を左右に動かして狼狽えていると「………もうユウマくんってば――――」と呆れたように大きなため息をつく九音。
「本当に覚えていないの!?」
拗ねた上目遣いで改めて確認してくる九音のとある仕草を見てふと思い出す。
「どうしたの?」
急に黙ったユウマを不思議そうに見る九音。
(あの仕草………どこかで見たような気が――――)
何処で見たのかを頑張って思い出していると。
「ちょっとどうして黙っているの?」
ぷっくりと頬を膨らませた九音が地団駄を踏みそうな勢いで訊いてくる。
「ああ、悪いちょっと考え事してて――――」
ユウマの言葉を訊いた九音がまたしてもさきほど同じ仕草をする。
(またこの仕草、もしかして西園寺の癖なのか)
二度目の仕草で記憶を呼び起こすことに成功したユウマは苦笑を浮かべて九音を見返す。
「西園寺はあのときとまったく変わっていなかったんだな」
どこか懐かしい気持ちでそう口にすると「やっと思い出してくれたんだ、遅いよ。バカっ!」と泣き笑いする。
「…………ごめんなさい。ユウマくん」
大粒の涙を流しながら謝ってくる九音。
「どうして西園寺が謝るんだよ? 悪いのは覚えていなかった俺の方だ」
そう九音に言うと。
「違うよ。そのことじゃなくて今までのこと。いくら大好きな人といたいからって弱みを握って無理やり付き合うなんて最低なことして――――ずっと辛くて、苦しくて、でもどうしてもユウマくんに振り向いてほしくて」
小さく泣きじゃくりながら今まで押し殺していた自分の本当の気持ちを吐き出す。
それを訊いたユウマは大きなため息をつく。
「っ………!」
ユウマのため息を訊いた九音が怯えたように肩を震わす。それを見たユウマは九音の艶やかな黒髪を優しく撫でる。
「………ゆ、ユウマくん!?」
突然の出来事に泣き腫らした顔で隣に座っているユウマを見つめる九音。
「こんなの西園寺らしくないぞ。俺の知っている西園寺九音はこんなことで挫けたりしない芯が強い女の子だ。確かに最初は脅されてなし崩し的に付き合っていたけれど今は違う。この数か月の間に今まで知らなかった西園寺の事を知っていくうちにいつの間にか俺も惹かれていった」
恥ずかしくいのか赤くなりながらもユウマはしっかりと九音の顔を見て自分の気持ちを伝える。
嬉しさのあまり呆然とする九音。そしてそのまましばらく抱きしめ合った後にどちらともなく顔を近づけていく。
チュッとお互いの唇が触れ合う。
そしてゆっくりと瞳を開けた九音が照れたように指をもじもじさせながら「………どうだった、私の気持ちユウマくんにも伝わった――――?」
と、顔を真っ赤にしながら訊いてくる。
しかしユウマは恥ずかしさから上手く答えることができずに黙ってしまう。その反応を見た九音が照れながらもユウマの下唇を撫でるように触れて「なら、もう一度だけ―――――」と言って一回目のキスよりも深く長く唇を重ねてくる。心なしか最初のキスよりも甘く温かさを感じた。
それから数秒ほど経った後。
キスを終えた九音はゆっくりと顔を離して照れてを赤らめているユウマを見てぺろりと舌舐めづりをする。
まるで獲物を狙う女豹の如く振る舞いにさらりドキリとさせられるユウマだが、意を決して「本当ならこんな後に言うことじゃないんだけれどさぁ…………俺もごめん」
唐突に頭を下げるユウマ。
「どうしてユウマくんが謝るの? やっぱり私とは付き合えないってこと?」
と、九音は不思議そうな、悲しそうな顔をしている。
「ち、違うんだ。俺も本当の自分の気持ちを隠していたからそれにさっきもしっかりと言えてなかったから。確かに最初は西園寺に無理やり付き合わされることになって、どうやって別れようかなんてことばかり考えていた。でも、少しずつ西園寺と関わっていく中、今まで知らなかったたくさんの一面を知ることできて分かっていて――――気がついたらどうしようもないくらい君の事が好きになっていた」
嘘偽りのないユウマの本心を訊いた九音の頬から一筋の雫が流れ落ちた。
「…………っえ、どうしてまた泣いて…………」
自分でも困惑している九音がそう言って掌でごしごしと涙を拭う。そんな九音を見たユウマがゆっくりと自分の方に抱き寄せて「世界でいちばん、誰よりも君のことを大切にしてみせる。だから俺と付き合ってほしい」
と、囁くように口を開くユウマ。
「私の方こそこんなわがままなお嬢様だけれどよろしくね」
精一杯の笑顔を浮かべて答える。
お互いの顔をゆっくりと近づけていき唇を重ねる。
三度目のキスは今までよりもちょっぴり甘酸っぱい味がした。
そんな二人を祝福するかのようにしんしんと粉雪が降り積もるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます