7話 蒼心祭①盛り上げる文化祭
十月も第一週が過ぎ気づけば中旬になり、俺たちの通う常ヶ原盤学園の行事である≪蒼心祭≫の時期が迫っていた。
常盤ヶ原学園には伝統とされている行事が三つあり、常盤ヶ原三大行事と呼ばれている。そのうちの一つが≪蒼心祭≫だ。
---蒼心祭、それは昔、この学園が創設されたときの初代学園長によって、命名された。その名前に込められた願いと意味は―――学園の生徒たちが青空の下、何事にも誠心誠意を込めて取り組むこと、また、いかなる困難に対しても臆することなく、立ち向かう勇気と精神を培うものらしい。
担任からそう話を聞かされたときは、常盤ヶ原学園の歴史や初代学園長の想いの重さを知って何とも言えない気持ちになった。
「それで蒼心祭ってなにするんだ?」
放課後のカフェテラスで、いつもの三人で集まって来る蒼心祭について話し合っていた。
「蒼心祭って学園の伝統行事なんでしょ?」
「そうなんだ」
「あたしも先輩から訊いたからいまいちなんだけれどさ」
と、胡桃が曖昧な返事をする。
「でも概要についてはホームルームで、先生が話していたよ」
西園寺が思い出しように言う。
「それはそうだけれど、文化祭とはどう違うの?」
と、胡桃が不思議そうに西園寺に訊いてみるが、訊かれた当人も正確に把握していないらしく、小首を傾げていた。
「ユウマくんはなにか知ってる?」
助けを求めるように西園寺が俺に水を向けてくる。
「まあ、これはあくまでも噂に過ぎないんだが―――」と前置きしてから知っている限り範囲で西園寺の話をする。
俺の話を訊き終わった、西園寺は感嘆した声を上げる。
「へえ―――学園議会なんてあるんだ」
常盤ヶ原学園では初代学園長の考えにより、学生の代表たる学園議会と学園側の協議によって、毎年開催される蒼心祭のお題や学園規則などが決まるとされている。
そして、今年の蒼心祭のお題が、今日の定例議会で決定されるらしい。
「もしかしてキミたちも学園執行部会に興味があるのかい」
突如、後ろから声が聞こえてくる。驚いて振り返ってみるとそこには、褐色の少女が立っていた。
小麦色の肌によく似合う黒髪と宝石のようなルビー色の瞳をしている、いかにも体育会系の風格を纏っていた。
左胸に秋霜烈日の形と校章を模様した黄金の大きなブローチをつけ、右腕に学園議会の腕章をつけている。
「………あれは」
「どうしたんだよ、急に慌てたりなんかして」
呑気にそう訊き返す俺を西園寺が「あのね、ユウマくん」と真剣な声で話しかけてくる。
西園寺が目の前の少女について話そうとしたところで「それには及ばないよ」
西園寺の言葉を遮るかのように、よく通るハスキーな声が言う。
「こうしてキミたちと会うのは初めてかな。ボクは学園執行部会の暁冬華だ」
小麦色の肌をした少女の学園執行部会会長・暁冬華がそう話しかけてくる。
「西園寺九音くんに昼神ユウマくん。それからそっちのキミらは、藤堂透哉くんと赤沢胡桃くんだろ」と言って、穏やかな微笑を口元に浮かべる。
「えっと暁先輩は………学園執行部会の方は良いんですか?」
西園寺がおずおずと言った様子で訊く。
「ああ、今終わったところでね。飲み物でも買って帰ろうしたところで、キミらがボクたちの話をしているのが聞こえて、気になって声をかけたんだ」
凛とした声で暁先輩は西園寺に返事をする。
「そうだったんですね」
西園寺が強張った笑みを浮かべて返事をする。
「ところでキミたちは今年の蒼心祭のお題について知りたいのかい?」
打って変わって、ニコッとした表情に変え試すようなことを言う。
「…………ど、どういう意味ですか」
暁先輩の真意を測りかねた俺は訊く。
「いや、キミらも言っていたじゃないか。今年の蒼心祭はなにをするのかって」
先ほどの俺たちの会話を持ち出した暁先輩が、おどけたように言う。
「その答えを教えてあげようと思ってね」
「良いんですか? そんなことして」
「ああ、別に構わんさ。いずれは知れることだ。大まかな点は例年通りだが、今年はボクの考えで一般公開される蒼心祭の一日目と二日目は文化祭を行う。ただし、お題はこちらと学園で決めることになっており、その最有力候補が『男装・メイドカフェ』だ」
暁先輩の言葉を訊いた俺たちは唖然とする。
「「男装・メイドカフェ………!?」」
俺たち四人の声がシンクロする。
「ふふっ………びっくりしたかい?」
俺らの反応を見た暁先輩は満足げに微笑む。どうやら、この人は見かけによらず、表情が豊からしい。
「加えていうとついさっきほど、議会でボクの提案したこの案は正式に可決されたよ」と誇らしげに言ってくる。
「楽しみにしていてくれたまえ」
そう言い残して暁先輩はいつの間にか、買っていたジュースを片手に持ち、優雅な足取りで去っていった。
暁先輩からお題を知らされた三日後。俺たちは放課後の教室に集まっていた。
胡桃が教壇の前に立ってクラスメイト達から文化祭でやるどんなメイドあるのか案を募っている。
―――はーい! 私は男装カフェが良い! 私はメイドカフェが良い! とあちらこちらから意見が出ていた。
胡桃は出た意見を一つ一つ黒板に書いていく。
俺はクラスメイト達をぼんやりと眺めていた。そんな俺を見た透哉が、呆れたように後ろから声をかけてくる。
「どうしたんだよ? ユウマ。せっかくのイベント行事なのにどうしてそんな死んだような魚の目をしているんだ?」
透哉が俺の肩をバシバシと叩きながらテンション高めに言ってくる。
「………」
透哉の言葉には無反応を貫いていた。俺はクラスメイト達がせっせとアイディア出すのをなおもぼーっとして見ていただけだった。
「他に意見ある人はある?」
前に立っている胡桃が、ぐるーりと教室全体を見渡しながら言う。
「遠慮せずにどんどん言えよ――」
フォローするように透哉が声を上げる。
「で? ユウマは何かアイディアあるの?」
いきなり俺に水を向けてくる。
クラス中の視線が一転に俺に集まる。何ともいない感覚の中で、「俺は別に」と言って視線を逸らす。
----それじゃあこれでいいじゃね? 今回のお題はもともときまっているんだからさとあちらこちらかそんな声が上がる。
胡桃がパシッと手を叩き、「それじゃあこれから多数決で決めていくね」
と言って、胡桃は最終ジャッジに入る。
「それじゃ――――」
採決の結果、俺たち一年五組はメイド喫茶をやることになった。その後、役割分担などを決めてから、本格的な準備は明日ということなり、解散した。
正式に文化祭での出し物が決まった俺たちは、三人ははカフェテラスに集まって、西園寺と情報共有をしていた。
「へえ、ユウマくんたちはメイドカフェをするんだね」と嬉しそうに言う。
「そういう九音のクラスは何をするのよ?」
胡桃がグイっと近づいて問いただす。
「私たちのクラスはね………」
勿体つけるように間を取る。
「早く教えてよ。九音」と胡桃が急かす様に言い寄る。
「分かったよ、私たちのクラスはね………男装カフェをすることになったの」
西園寺がどこか嬉しそうに言う。
「へぇ、男装カフェ」
「そう。もともと学園議会からお題は出されていたからどの学園も同じようなものになると思うけれど」
他の学年の状況を想像したらしい西園寺が苦笑した笑みを浮かべる。
「調子はどうだい? キミたち」
ハスキー声が横から聞こえてくる。視線を向けるといつの間にか暁先輩が、優雅に紅茶を飲んでいた。
前回とは違って、もう一人、先輩の陰に隠れるようにして男子生徒が座っていた。俺たちが視線を向けると、それに気づいた暁先輩がニコッと嬉しそうに紹介する。
「そういえば、彼とも初対面だったね」
先輩の奥に座っている(おそらく学園執行部会のメンバーと思われる人)の後ろに回って親し気にしながら俺たちに紹介する。
見た目は根暗な雰囲気を纏った感じだった。いわる根暗男子というやつだ。
「彼は若宮涼汰。ボクの大切なパートナーで、学園執行部会副会長だ」
暁先輩から紹介された副会長――若宮涼汰先輩は「いつから俺はあんたのパートナーになったんだ」と言って、不快そうに顔を顰める。
「何だよ、りょー。そんなに照れなくても良いじゃないか」
暁先輩はぐいぐいと肘で肩をしながらニンマリしながら言う。
そこから先は、先輩たちの喧嘩(もといじゃれ合い)を呆然と眺めているだけだった。
それから俺たちは来る文化祭の向けて、準備に本格的に動き出す。
その中でも特に張り切っていたのが西園寺のクラスである一年四組だった。
どうしてそんなにやる気に満ち溢れているのかと不思議に思っていると、その疑問はお昼休みにあっさりと解決する。
「なあ西園寺。お前のクラスの男子陣がやけにやる気だったのには、何か理由があるのか?」
「急にどうしたの? ユウマくん」
パクリと箸でとったおかずを口に運んで、もぐもぐと咀嚼してからそう尋ねてくる。
「いいや、今朝から西園寺の男子たちが妙にやる気になっているのが、少し気になっただけだ」
「ユウマくんはどうしてだと思う?」
西園寺が試すような目で見てくる。まるで当ててみてよと言わんばかりに―――。
「さあな。俺には皆目見当もつかない」と言って、目の前のから揚げ定食を頬張る。
揚げたてのから揚げとご飯の組み合わせに舌鼓を打つ。その様子を見た西園寺が、クスっと笑みを零しながら事の顛末を話始める。
「実はね―――クラスの子たちに言っちゃったの。私のお願いを訊いてくれたら、男装しても良いよって」と困ったような笑みを浮かべながら言う。
「そのお願いって何なの?」
と、西園寺の言葉を訊きグイっと机に身を乗り出して、興味津々と言った様子で尋ねる。
―――なるほどな。だから男子陣たちは乗り気だったわけか。西園寺のお願いとやらと訊いておけば、文化祭当日に男装姿を拝めるから………。
いかにも思春期男子の考えそうなことだと思いながらも、俺もほんの少しだけ共感していた。
その理由は言わずもがな―――西園寺の男装姿が見られるからなのか、と自問自答しながら、西園寺の話を訊いていた。
「そういえば、九音たちは男装カフェに使う衣装とかはどうするの?」
と、胡桃が西園寺にさりげなく訊く。
「私たちのクラスは大丈夫だよ。私の方で必要なものは全て用意するから」
「さ、流石は――学園一のお嬢様」と胡桃が顔を引き攣らせる。
「ホント流石は西園寺だな」
「ホントそれな」
俺も透哉も胡桃に続くように同意を示す。
「文化祭当日が楽しみだね。みんな」
ニコッとした笑顔の西園寺が俺たちにそう言う。
その帰り西園寺と共に、校門前で待っていた執事の伊織さんに軽く挨拶をしてところで、忘れ物をしたことに気が付いて校舎に引き返す。
――――ヤバい! スマホをカフェテラスに置いてきちまった。
急いでスマホを取ってから廊下を猛ダッシュしていると、「おい! 廊下を走るな!! バカ者が――――」と馴染みのある声が後ろから聞えてきたと同時に、くいっと首根っこを掴まれる。
「っげほ………」と何とも情けない声を上げて振り返ってみるとそこには呆れたような表情をした姉さんがいた。
「っげ………姉さん」
「先生に向かって、っげとはなんだ! それから学校では先生と呼べと何度言ったら、分かるんだお前は」
俺の対応に不満を爆発された姉さんが軽くこちらを睨んでくる。
「す、すみませんでした。琴音先生」
姉の有無を言わさぬ迫力に圧倒された俺は、姉の顔色を窺うようにそう言う。
「ったく………ホントお前は口だけは達者なんだな」
深いため息を吐きながらジト目を向けてくる。
「それで、そんなに慌ててどうしたんだ? 西園寺とでも文化祭で使う衣装でも見繕いにでも行くのか?」
下卑た笑みを口元の浮かべた姉さんが、試すように訊いてくるが。
「残念だが、西園寺はもう帰ったよ。俺も帰るからお仕事お疲れ様です。先生」
そう言って、回れ右をして帰ろうとしたところで、ピロンとスマホの着信音が鳴る。
画面を見ると西園寺からメッセージが来ていた。
『ユウマくん。今度の休みに文化祭で使う衣装を見てほしいんだ』
タイミングを見計らったのかと思うほどに絶妙だった。
それから何とかして準備を整えて、あっという間に文化祭当日になる。
「わぁ―――胡桃のメイド服姿かわいい――――」
するととそこには―――――。麗しき男装の麗人の姿をした西園寺がいた。
驚きのあまり声を失っているユウマを見た九音がゆったりとした仕草で「どうしたの? ユウマくん、もしかして私の男装姿に見惚れていたの?」とクスクスと笑いながら声をかけてくる。
「―--別にそんなことない」
そう言って否定するが、仄かに顔が赤くなっている気がした。
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