4話 足音

 ニトは部屋の布団でぼんやりと木の天井を眺めている。極力布団にいろとの指示が下った。事実、頭は痛いし体もだるい。しかしそれ以上に不安と焦りにかられて、じっとしているのは苦痛だ。

 昨日、ニトが大樹まで一人で歩いていったとき、偶然早く帰ってきた母親がニトがいないことに気が付き、軽く騒ぎになったそうだ。

 そこで、さらに偶然村を出るところをルークに見られており、彼に見つかるまで時間はそうかからなかった。

 ニトは体にかなりの負担をかけたことによるひどい頭痛と喘息に襲われ、昨夜は相当苦しんだ。叱られることはなかったが、朝、顔を合わせた時のあの恐ろしいものでも見るような視線は初めて向けられたかもしれない。

 すぐにでも行動を起こすべきなのだろうが監視の目がある。そろそろ勉強から逃げてくるだろう。 

 玄関が開く音がする。足音が近づいてきて、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「ドンピシャだな。」

 つぶやきながら体を起こし立ち上がる。机の傍にあった椅子に腰掛けたタイミングで部屋の扉が開いた。

「いた。」

「いるよ。」

 入ってきたルークを睨みながら言った。

「鍵は母さんが?」

「様子見に来てって渡された。起きてて平気なのか?」

「生物無駄な無茶はしないものだよ。」

「そりゃそうか。」

 ルークは手に持っている鍵をいじっている。その様子をニトはしばらく無言で眺める。どうするべきだろう。

 小さく深呼吸をして、沈黙を破り切り出した。

「なぁルーク、ドライアドってわかるか?」

「わからん。」

 考えるでもなく返された。

「せめて少しは考える素振りをだな。」

 そう言われたルークがブスッとした様子で目をそらす。ニトはため息をつき俯いてしばらく黙り込む。右手の人差し指で膝を叩く。

 ニトは顔を上げ、ルークをまっすぐに見て話しだした。

「ドライアドは木の精霊だよ。一定以上の魔力がある木に宿る。」

「あー…俺そういうのパスで。」

 部屋から出ていこうとするルークの腕を掴む。

「僕はもう長くない。その上この部屋から出られないと来たもんだ。誰かに託すしかないんだよ。頼む。」

 ルークがニトを睨む。ニトも静かに睨み返す。

「わかったよ。難しいことはわかんないからな。」

 ニトは頷いて再び口を開く。

「僕はこの森にもドライアドがいると思ってる。昨日のむちゃはそれを確かめるためのものだった。あいにく邪魔されたから核心とまではいかないけどね。」

 ルークは黙って聞いている。根は真面目で何よりいいやつなのだ。もう長くないと言えばこいつが聞かないはずがない。

「ドライアドは本体の木が死ぬと消える。当然といっちゃ当然のことなんだけどさ。僕が何いいたいかわかる?」 

 眉間にシワが寄っている。考えているのか、なにか察したか。

「この場所はもとはといえば森だった。そこの木を切り倒してそれを使って家を作って2,3年かけて小さいながらも村ができた。」

 ルークが部屋を見渡す。木の壁、木の床、木の天井。机も椅子も木製だ。

「まさか。これ全部、、、」

「ドライアドからしてみれば、仲間の亡骸で出来てる。しかもこの村もっと広げていくつもりだろう。木一本切り倒すたびにドライアドが一人消える。精霊と言われてるけどドライアドだって魔力を持ってる、魔物だよ。人間よりずっとできることも多い。最悪この村住人もろとも燃やされる。」

「何だよそれ!お前とうとうおかしくなっちまったんじゃねぇか!?万一その話が本当だとして、なんでお前に分かるんだよ!」 

 ルークが叫ぶ。顔が青ざめている。ニトがふざけているわけではないことは重々承知しているだろう。信じられないのも当たり前だ。ニトはあえて表情を崩さず、静かにまっすぐルークを見る。

「悪かった。一旦帰らせてくれ。また来るから。」

 ニトが初めて聞くルークの声だ。低く、暗い。少し乱暴に閉められた部屋の扉を眺める。ひとまずはこれが最善だろう。自分の話を真面目に本気で聞いてくれるのはルークだけだ。 

 椅子から立ち上がり咳き込みながら布団に横になる。ルークの手前ああ入ったが昨日の無理がたたったらしい。 

「もう僕にはどうしようもない。」

 天井を見つめながら小さく呟く。そして半ばあきらめてそのまま眠りについた。


 






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