5話 すべての光の 前編 

 あたりが騒がしい。ルークが部屋の窓を乱暴に叩いている。結局間に合わなかったのだ。

(信用を失うとか考えてる場合じゃなかった。もっと早くから動くべきだったんだ。)

 自分のあまりの無能さに打ちひしがれながら窓に駆け寄って開ける。

「火事だ!!火が青い!水かけても無駄だって言ってんのに、あいつら、、、とにかく逃げるぞ!」

 パニック状態のルークが必死に叫ぶ。今の彼を絵に描くとしたら、目は適当にぐちゃぐちゃと描くのが正解ではないだろうか。

「わかった。先に逃げててくれ。」

 それだけ呟くとニトはゆっくりと部屋から出た。    

 リビングを見渡す。あの頃読んでいた本の行方など知らない。捨てられてしまった後かもしれない。

 ニトは少し息を荒げながら部屋中を探し回った。

「あった。」

 普段わざわざ見ることのないようなその場所で、薄っすらと埃を被って。

 ほとんど時間はかからなかった。9年越しでもその怪しげな魅力は健在だ。

 ニトはその束ねられた5冊の本を抱えた。

 玄関を開ける。大勢の村の大人が、水の入った桶を持って慌ただしく行ったり来たりしているのが見えた。その前には回り込んで待っていたルークがいた。

「遅い。何だよその荷物。冗談抜きで死ぬぞ。」

 苛立ったルークが早口で言う。

「先行けって言っただろ。せっかく足速いんだから、僕のペースに合わせてたら死ぬぞ。」

 ニトは対照的にとても静かで落ち着いている。

「それじゃお前が死ぬじゃないか。」 

 そういいながらルークがニトをまっすぐ睨む。ニトはそれを見て苛立ちながらため息を付く。

「バカ。ドミノか僕らは、早く走れ。」   

 ルークが少し走る。しかし!ゆっくりと歩き始めるニトを見て駆け戻ってきた。

「まさか、全く走れなくなっちまったのか?」

「だから早く行けって言ってるんだろ。お前の頭は叩いたらきれいな空洞音がしそうだな。」 

 ルークの慌てた叫びに、ニトが咳き込みながら叫び返す。次の瞬間、おそらく家が崩れたであろう音と、人の悲鳴が聞こえてきた。空の桶と、水入りの桶が行ったり来たりしていたはずの道は一方通行になり、桶は無造作に捨て置かれた。

「貸せ!」

 ルークが半ば奪い取るようにニトから本をひったくる。

 ニトは苦い顔をして、ルークの方を絶対に見ないようにしながら歩きだした。

 2人を後ろから人の群れが追い越していく。

 ニトが胸を抑えて咳き込み続けている。もうまともに息を吸えているのかも怪しい。

「大丈夫か?」

 ルークが心配そうにニトに尋ねる。それに答える余裕などニトにはない。

 先程までの騒がしさが嘘のようだ。人の声はすでに遠くに行ってしまっている。

 青い光が2人を照らす。

 ニトがついに倒れ込んだ。咳はこれ以上ひどくなるものではないだろう。

「ニト!」

 ルークが肩を貸すが、それに手を伸ばすことすらできていない。ルークは本を捨て置き、ニトのことを担ぎ上げようとする。

 その間、ニトは焼け落ちる家を見つめていた。厳密に言うなら、青い炎の中で楽しげに踊る小さな子供のような何かを見ていた。

 青く輝くその子供たちはニトと目が合うと笑った。それはいたずらっぽくもこちらを嘲っているようにも見えた。

 ニトはそれを黒い瞳で睨みつけた。

 

 

 


 

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