3話 木に宿る精霊

 真っ暗な部屋の中、ミューテルはソファーに横たわっていた。

 突如、閉じていた目を開き体を起こすと、ほぼなにも見えない中で上方を睨む。

「まさか。」

 戸惑ったような顔で呟く。

「消えた…いや、」

 気のせいだと思い直し、もう一度横になろうとした。

 直後、ミューテルは混乱したような顔で立ち上がり再び上方を睨む。

 小さく唇を動かし声にならない声を発する。

 ミューテルがぱちりと指を鳴らした。その音は静かな部屋に奇妙な響き方で広がっていく。

 ソファーに再び腰を下ろす。そしてゆっくりと目を閉じる。

 静けさが部屋に満ちる。

 少したって小さく鈴の音が聞こえた。直後、石でできた扉がゆっくりと開くきそのすき間から強い光が差し込んでくる。

 その部屋は洞窟を削って作られたものだ。そのため壁や天井、床は石であり、それらはすべてきれいに磨かれている。シンプルなテーブルとベッドが1つずつ。石でできた机とともに同じく石でできた椅子が置いてある。壁を削って作られた八段の大きな本棚には分厚い本がすき間なく並べてある。

 部屋の中心のソファーに座るミューテルの年は18ほどだろうか。長い黒髪が背に真っ直ぐ垂れてる。その顔はバラのように気品があり美しい。黒基調の服装とよく似合っている。

 姿は普通の少女であるにも関わらず、どこか近寄りがたい雰囲気をまとっている。

 ミューテルは強い光にまったく動じることなく、扉から入ってきた2つの人影をエメラルドグリーンの瞳で見つめている。

 後ろから入ってきた影が扉を丁寧に閉じる。一瞬部屋が再び闇に包まれる。直後四方八方がぼんやりと光り、部屋を暖かい光で優しく照らした。

 2人はミューテルの座るソファーの前まで歩み寄ると片膝をつき頭を下げた。

 姿、仕草と瓜二つな2人の顔立ちは優しく整い、白い絹の飾り気のないワンピースに少し花の咲いた蔓が巻き付いている。黄緑色の瞳と髪をしており、一人はその髪を後ろで一つに束ね、もう一人は肩のあたりまで垂らしている。

「様子は?」

「相変わらず、犠牲者は増える一方です。」

 ミューテルの問いに、髪を一つに束ねたルテマが暗い声で答えた。

 それを聞き少しうつむく。そして目を閉じ何かを考え込む。

 「……?姉さん?」

 一瞬間が空いた後、髪を肩まで垂らしたテネマの動揺した声がした。

 顔を上げると、そこにいたのは透き通り薄くなっているルテマの姿だった。

 ミューテルは小さく息を呑む。

 ルテマが自分の手に目線を落とす。直後、その表情が恐怖に支配され、息遣いがだんだん荒くなっていく。

「姉さん…ダメ…」

 テネマが震えたか細い声でいう。

 ミューテルは素早く深呼吸をし、冷静さを保とうとする。立ち上がり左手を軽く握った。するとその手には、ミューテルの身長より少し短いクスノキの杖が握られていた。

 部屋の天井を睨み、口を開いて息を吸う。

「ミューテル、さま…」

 ルテマの絞り出したような声に、視線を向ける。彼女の体はもうほとんど見えなくなっている。

 ミューテルが駆け寄ろうとしたその時、吹かれた蝋燭の炎のようにルテマの姿は消えていった。

 テネマが悲鳴のような泣き声を上げる。

 ミューテルはテネマの頭に手を伸ばしたが引っ込めた。

 背を向け石の扉を開き、部屋から出て小さくつぶやいた。

『架けられたし光の橋、我を導け』 

 ミューテルの輪郭が一瞬光を発しぼやけて消えた。

 光が一点に集る。それが薄れると中心からミューテルがでてきた。

 そこは先ほどのミューテルの部屋とは比べものにならないほど広い部屋だった。壁はすべて石から削り出してできた本棚で上の方は本がぎっしり詰められているが、下に行くにつれ隙間が目立つようになり、下から三段目以降に至っては何も入っていない。

 いくつもの机が並べられており、何人もの人が絶え間なく本に何かを記している。

 「ルテマが死んだ。」

 ミューテルは一番近くにいた女性にそれだけ告げて消えた。

 女性は一瞬表情を崩したが、すぐに手元にあった本をめくり、あるページに何かを書き加えた。

 

 


 

 

 

 

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