地下闘技場
観客たちの歓声が響く中、悠斗は金網の中に入った。向かい側から、対戦相手が現れる。
「””ブルータル”」と呼ばれるそのアンドロイドは、全身が黒い装甲で覆われていた。両腕には、巨大なハンマーが装着されており、体格は、悠斗の二倍はあった。
「……マジかよ」
悠斗の足が震える。あんな化け物と、どうやって戦えっていうのかよ。
レフェリーのアンドロイドが、両者の間に立った。
「ルールは簡単だ。相手を動けなくした方が勝ち。武器の使用は自由だ。
それじゃあ——試合開始!」
ブルータルが、悠斗に向かって突進してきた。
悠斗は反射的に横に飛んだ。ブルータルのハンマーが、悠斗がいた場所を叩きつける。
金網が歪み、地面に亀裂が走った。
「……っ!」
直撃していたら死んでいた。悠斗の心臓が、激しく鳴る。
ブルータルが、再び攻撃を仕掛けてくる。悠斗は、必死に回避を続けた。だが、闘技場は狭い。逃げ場がない。
ハンマーが、悠斗の腕を掠めた。鈍い痛みが走る。シールドで受け止めたが、衝撃で腕が痺れた。
「くそ……このままじゃ……」
悠斗は、焦りを感じた。ブルータルの攻撃は、一撃一撃が重すぎる。避け続けるだけでは、いずれ体力が尽きる。
ブルータルが、両手のハンマーを振り上げた。悠斗は、転がるようにして回避した。ハンマーが地面に激突し、爆音が響く。
「はぁ……はぁ……」
悠斗は、息を切らしながら立ち上がった。全身が震えている。もう、動けない。体が言うことを聞かない。
ブルータルが、ゆっくりと近づいてくる。
「……終わりか」
悠斗の視界が、ぼやけていく。
走馬灯のように両親の顔が浮かんだ。海外で仕事をしている、父と母。
そして、いつも心配してくれた、幼馴染の理沙。
ゲームの画面が浮かんだ。『コンクエスト・フィールド』の世界。
「……嫌だ」
悠斗は、歯を食いしばった。
(こんなところで死にたくない)
ブルータルが、ハンマーを振り上げる。
その瞬間——悠斗の目に、ブルータルの装備が映った。
黒い装甲。巨大なハンマー。重厚な動き。
「……待てよ」
悠斗は、自分が装備している武器を見た。ガントレット、ブレード、シールド。
これ、ゲームで見たことがある。
よく見ると、『コンクエスト・フィールド』の近接戦闘用のセットだった。
チュートリアルで支給される初期武器セットだった。
そして、ブルータルの装備も見覚えがある——ゲームで出てきた重装甲型の敵と同じだ。攻撃力は高いが、動きが遅い。
弱点はたしか―――
関節部分。
「……やって、やるよ…」
悠斗は覚悟を決め、武器を構えなおした。
ブルータルが、ハンマーを振り下ろす。悠斗は、ギリギリまで引きつけてから横に飛んだ。そして、ブルータルの背後に回り込む。
「今だ!」
悠斗は、ブレードで膝の裏を狙った。刃が、装甲の隙間に滑り込む。
ガキン、という音とともに、ブルータルがよろめいた。
「効いた……!」
だが、ブルータルはすぐに体勢を立て直した。そして、悠斗に向かって振り返る。
その動きは、さっきより速かった。
ハンマーが、悠斗の脇腹を捉えた。
「がっ!」
悠斗は、横に吹き飛ばされた。金網に激突し、体が跳ね返る。地面に叩きつけられ、息が止まった。
「……っ、ぁ……」
肋骨が折れた。間違いない。呼吸するたびに、鋭い痛みが走る。
ブルータルが、ゆっくりと近づいてくる。その足音が、死の足音に聞こえた。
「まだだ………!」
悠斗は、必死に立ち上がった。足が震える。視界が二重に見える。
ブルータルが、ハンマーを振り上げた。
悠斗は、回避しようとした。だが、足が動かない。
ハンマーが、悠斗の肩を掠めた。
ガギィ!
シールドが砕け散る。悠斗の左腕が、鈍い痛みに包まれた。
「あ……ああ……」
もう、シールドはない。防御手段が一つ減った。
ブルータルが、再び攻撃を仕掛けてくる。悠斗は、必死に回避した。だが、体が重い。動きが鈍い。
「くそ……動け……動けよ……!」
ハンマーが、悠斗の背中を捉えた。
悠斗は、地面に叩きつけられた。口から血が溢れる。
「がっ……ぁ……」
もう、立てない。体が動かない。
ブルータルが、悠斗の上に立った。ハンマーを振り上げる。
――終わりだ。
観客たちの歓声が、遠くに聞こえる。誰も、悠斗を助けてくれない。
走馬灯のように、記憶が流れた。
両親の顔。ゲームの画面。
そして――
鏡の前で、誰かと話していた理沙の姿。
『……これで、全てが始まる』
あの険しい表情。聞いたことのない、冷たい声。
「……全てが、始まる……?」
悠斗の意識が薄れかけた、その時。
何かが、胸の奥で引っかかった。
全てが始まる――何が始まるんだ?
理沙は、何を知っていた?
この世界と、どう繋がっている?
俺は、鏡に吸い込まれた。
理沙が触っていた、あの鏡に。
偶然じゃない。理沙は、何かを知っていたはずだ。
「……まだだ」
ブルータルのハンマーが振り下ろされる――
悠斗は、地面を蹴った。最後の力を振り絞り、横に転がる。
ハンマーが、さっきまで悠斗がいた場所を叩きつけた。
「はぁ……はぁ……!」
悠斗は、四つん這いのまま、ブルータルを睨んだ。
理沙の謎。この世界の正体。俺がここにいる理由。
「何も……分からないまま……死んでたまるか!」
悠斗は、ブルータルの足に飛びついた。そして、ブレードで足首を切りつける。装甲の隙間に、刃が食い込んだ。
ブルータルがよろめく。
悠斗は立ち上がった。もう、何も考えられない。ただ、生き延びるという執念だけが体を動かしていた。
ブルータルの膝裏に、ブレードを叩き込む。
ブルータルの肘の関節に、ガントレットを叩き込む。
ブルータルの首の関節に、ブレードを叩き込む。
何度も、何度も。
ブルータルの動きが、止まった。
「……まだ、倒れない……?」
悠斗は、信じられなかった。これだけ攻撃したのに、まだ立っている。
ブルータルが、ハンマーを振り上げた。
もう、避けられない。
「……だったら」
悠斗は、ブルータルの懐に飛び込んだ。
ハンマーが、悠斗の肩を掠める。激痛が走る。だが、構わない。
悠斗は、ブルータルの頭部を掴んだ。そして、ブレードを首の関節に突き刺した。
ガントレットで、頭部を殴りつける。
一度、二度、三度。
ブルータルの頭部が、外れ、ガシャン、という音とともに、ブルータルが倒れた。
「……勝った……?」
悠斗は、信じられない思いで立ち尽くした。
次の瞬間、会場が歓声に包まれた。
「勝者、第一区画からの参加者!悠斗ー!!!」
レフェリーが、悠斗の腕を掲げた。
その時、悠斗の右腕に装着されたガントレットが、微かに振動した。
「……ん?」
悠斗は、腕を見下ろした。だが、疲労で視界が霞んでいる。よく見えない。
ガントレットの表面には、いくつかの小さな穴が開いていた。スロットのようなものだ。さっきまでは、すべて暗かった。だが今、そのうちの一つが——淡く光っている。
青白い光。まるで、何かを吸収したかのように。
「なんか…光ってる……?」
悠斗は、目を凝らした。だが、すぐに視界が揺れる。もう、立っていられない。
「はぁ……はぁ……」
悠斗は、その場に崩れ落ちた。全身の力が抜ける。ガントレットの光も、意識の端から消えていく。
生きてる。俺は、生き延びた。
それだけで、精一杯だった。
観客たちの歓声が、遠くに聞こえる。悠斗は、その音を聞きながら、荒い息を整えた。
金網の向こうでは、ブルータルの残骸が横たわっている。破壊されたアンドロイドから、何かが——淡い光のようなものが抜け出て、悠斗のガントレットに吸い込まれていく。
だが、悠斗には確認する余裕がなかった。
「おい、立てるか?」
ターキーが、悠斗に声をかけた。悠斗は、ゆっくりと立ち上がる。足が震える。
「ああ……なんとか」
「よくやったな。じゃあ、控室に戻るぞ」
ターキーに支えられながら、悠斗は控室へと向かった。ガントレットの光は、まだ微かに残っている。だが、悠斗はそれに気づく余裕がなかった。
控室に戻ると、ターキーが満面の笑みで装備を外してくれた。
「やったな、兄ちゃん! すげえ試合だったぜ!」
悠斗は、ターキーを睨んだ。
「ターキーおまえなぁ!」
悠斗が言い終わる前に、
「これ、お前の取り分な」
ターキーは、札束を差し出した。
「……」
悠斗は、黙って札束を受け取った。
「まあ、そうかっかすんな。どっちみち業者でねえやつが上の区画に行くには通行料を支払わねえといけねえ。ここ勝てばファイトマネーで稼げるからな。」
「マテリアルボディを持つお前は、注目されやすい。がっぽり稼がせてもらうぜえ!」
「じゃあ、今日はゆっくり休めよ。また明日な」
ターキーは、そう言って部屋を出て行った。
悠斗は、一人残された。静かな控室で、悠斗は装備を見つめた。
ブレード。シールドは、砕け散っている。
かろうじて無事なガントレットの表面には、いくつかの小さな穴が開いていた。
そのうちの一つが——まだ、淡く光っている。
「……これ」
悠斗は、その穴に指を近づけた。だが、触れる前に光は消えた。
「……光ってた」
だが、今は何の反応もない。
「気のせい……か」
悠斗は、ため息をついた。
「俺、これからどうすればいいんだ……」
上の区画に行くには…
「……もう一度、戦うしかないのか」
悠斗は、不安を感じながら、疲れに勝てず目を閉じた。
引きこもりゲーマー、異世界をゲームの知識で生き抜く(鏡界侵攻:コンクエスト・フィールド) オタク紳士 @otakugentle
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