小話 プール上がり
梅雨の間の晴れの日。綺麗に整備されている深い室内プールにすりガラス越しの光が差している。煌めく水面は誰かが動くたびに揺れて崩れる。普段は部活連中の領分である槽内を、蓮は自在に泳ぐ。正に水を得た魚なのだろう。
「泳ぎがうまいのは前が関係するのか?」
赤く湿った髪を揺らしながら渡り廊下を歩く背中に問いかける。それに蓮はこちらに振り向いてから、首を傾げた。
「どうだろう。でも水に馴染みを感じるのは確かだね」
「へえ。思ったより曖昧なんだな」
「うん。記憶はそういうものだし。俺はかつて魚だったという確信を持っているけど、もはやそれは記憶というより記録なんだ。何度もそれを情報として思い出しているから覚えているだけ。あの時の感覚を思い出せと言われても無理だな」
しみじみと言う。
その感覚は覚えがある。自分だってそう幼稚園の徒競走で一番をとって嬉しかった思い出はあるが、あの時の具体的な気持ちは思い起こすことも出来ない。
「それでも水に浸ることは好きだから、きっと三つ子の魂百までというように、それが俺の根幹なんだと思う」
ああ確かに、彼はそれが似合う。
教室に戻ったところで自分たち2人の他に誰もいない。さっさと着替えて先を行ったのは自分たちであるし、4限明けということもあり食堂に行った者もいるのだろう。
他人の目がないことに、これ幸いと平紐を首にかけ、服の中に隠す。
「__ああそうだ。それをつけてないからかも」
そう蓮が1人納得したように言う。
「というのは?」
「それは霊力を外から抑えるでしょ?」
特に伝えていたわけでないことを言われ、目を見開いてしまう。咄嗟に声が出ないまま頷く。
「津々琉から漏れる霊力は大分心地いい。息がしやすくなるみたいで。プールではそれをつけてなくて霊力が漏れやすくなってる。その上で水があるからテンションが上がる。だからより一層気ままになってちゃう」
うんうんと頷いて言うのを眺める。ああ、自分は多少なりとも彼に影響を与えているのか。これを喜んで良いものか、戒めるべきか。
悩んでいるとにんまりと笑う彼が俺の胸元を指す。丁度平紐があるところだ。
「他の奴らも興奮気味だから誤魔化せてるだけだから、いつもは着けててね」
「……ああ、肝に銘じておく」
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