小話 雨読

 現在依頼はなく、事務所に3人で待機している。

 最近の雨で積極的に外に出る気にもならず、洸さんがいつか家に置いて行った外国小説を読んでおり、今もそれを読んでいる。あの人は碌に本を読まないのに、彼女が置いて行った本は俺の本棚に20冊ほど並んでいる。それも何かを機に一切なくなった。なんだったか。

 俄かに浮かんだ疑問を、並ぶ文字が押し流す。時折挟まる慣用句に海外小説らしさを感じながらも、口調や心理描写が巧妙でその世界にのめり込める。

 ふと香ばしい匂いがする。

「コーヒー要りますか?」

 そう、希が2つのコーヒーカップと砂糖にミルクが載ったトレイを持って言う。傍目に末本さんに見ると彼はすでにカップに口をつけていた。

「必要ないなら、私が両方飲みますけど」

 しょうがなくといった風でなく、平坦にいう。

「いや、もらう」

 本を机上に置き、カップを受け取った。

「その本、いいですよね」

 希が本に視線を向けて言う。

「……本読むんだな」

「意外ですか」

「いや、洸さんが読まないから」

 つい目を逸らして言う。言い訳も苦しい。正直、彼女が本を開く姿が思い浮かばないのだ。

「一応、読書量は人並み以上だとは思います。……母が関わっているものを読んでいるだけで、特に読書が好きなわけでなないです」

 母親。変なところを突いたと思いつつ、表紙に目をやる。作者名の下に小さな文字で"訳おおのみれい"と見えた。

「ああ、"おおの"じゃないのか……」

 思わず声が漏れた。それに対して希は、隣の自分の席にトレイを置いて、口を開く。

「そのつもりでもあったと思います。よく"おおのさん"って言われたと楽しそうに言ったので」

 彼女は遠いところを見て言う。相変わらず表情は読めないが、きっと何かを思い起こしている。

 ああ要らぬことを知ってしまった、と思った。洸さんが本を持っていたのはことに腑に落ちたが、彼女が碌にそれを開いていないことを知る身からすると何とも言えない。

「あの人も読んでくれているといいな」

 その呟きを聞きながら、コーヒーを口に含んだ。

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