1:卯月

 4月1日、深夜2時。今自分は交番にいる。

「春休みだからといって、羽目を外しちゃならんよ」

 父親かそれより少し上くらいの警官が小言をくれる。まったくその通りなので、何も言い返す言葉がない。

「君、〇〇高の子だよね。何年生? 名前は?」

 制服を見ながら聞かれる。

「はい……。この4月から2年生です。名前は志島しじま津々琉つづるです」

「はいはい。で、その竹刀のケースもね、こんな時間に持っとると、変なもん持っとるんかと思われてまうでね」

「あー……、部活の帰りだったので」

「そんでこの時間? ここは田舎やけどね、男の子でも色々ある物騒な世の中やからはよ帰らなあかんで」

 この後も、住所だなんだと雑談混じりに聞かれる。何かに書き込みながら、相槌を打っている警官の表情は、どこか面倒臭そうだ。このまま、学校に連絡がいくのだろう。

「おうちの人の連絡先は? 迎えに来てもらうで」

「家のものはちょっと、すぐには来れません。今海外なので」

「いま一人暮らしなんか。えー、あー。こう言う時はどうすんだったか」

 頭を掻きながら、独りごちる警官に向かって、スマホの電話帳を開き、履歴の上から2番目の番号を示す。

「世話になってる人ならいます」

「なんや、面倒見とる人がおるならええわ。今からその人に電話かけるで、番号言って」

 正直に言うと、彼に世話になっているかというと、そうではないように思う。だが両親もあの人も無理だ。幼馴染一家をこんなことに巻き込むのは偲びない。すると頼れるのは彼くらいになる。真夜中になるがまあ、彼は仕事中だろうし、構わないだろう。仕事中に警察から連絡が行くことが構わないことかどうかはこの際置いておいておく。どうせこんな時間に客も来ないのだから。


 電話が終わったらしい警官は、再度こちらに話しかけてくる。お説教というやつだ。

「一人で不安になるのもわかるけどね、時間を考えなさい。他の人に相談するとかもする。とりあえず、今回は迎えに来てもらえるみたいやけど、こんな遅いとみんな寝とるから。あんまり迷惑かけたらあかんで。学校にも明日連絡するからな」

 ひとつひとつ、曖昧に相槌を打つ。今度からは服装に気をつけなければ。手首に緩くくくった平紐を気づかれぬように弄って、やり過ごす。

 言うべきことがなくなったのか言葉が続かなくなった警官と気まずい沈黙の中を過ごしていると、遠くからエンジン音が近づいてきた。

「すみませーん。お電話頂いた、トベなんですけれど」

「はいはーい。遅くにご苦労さんです」

 交番のガラス戸ごしに伺える彼の様相は、片側に流した長い前髪に斜めにつけたヘアバンドと、体のラインを見せない服装。張り付いた無理に目尻をあげた怪しい笑顔は、彼曰く“わざと”らしい。

 今回呼ばせて貰った彼、トベは駅のそばの商店街で占い師をしている。


 警官との会話を挨拶程度で終わらせたトベは、白い目で見ると共に鍵を見せた。反省の意を示すために、目を伏せて軽く頷き、席をたつ。お世話になりましただの何だと適当に言って、暗い夜道にトベと共に出た。

 ヘルメットを差し出しながらトベは口を開いた。作り笑いはもうない。

「それで、津々琉くん」

「はい。この度はご迷惑をおかけしました。反省しています」

「そうも平坦に言われると本当にそう思ってるか疑問に感じちゃうな。そもそもさあ、何で俺に連絡が行くの。警察とか行政とかそういうしっかりしたのと俺、あんまり関わりたくないって知ってるよね」

 霊感商法を疑われちゃって面倒なんだから、そう続ける。

「それはインチキしてる貴方が悪いのでは」

「そりゃそうだけどさぁ。……大呑おおのみさんは、まだ帰ってきてないの?」

ほのかさんからは、まだ一報も」

「そろそろ、ひと月半ってとこだっけ」

「そうなりますね。云うに、あと半月はかかる予定だそうで」

 口にするたびに、着々と焦燥感を大きくなる。そんな不安を隠すようにヘルメットを被った。

「そう。君の難儀な体質も知っているけどね、僕自身には特にできることはない。君の過剰な量の霊力の使い道を、君だけで対処できる方法を見つけてくれよ」

 またがるバイクから、エンジン音が鳴る。彼の腰に手を伸ばして、しっかりと掴んだ。

 肌寒い中、風を切る。

 いつかのトベの言葉が頭を巡る。

 __僕の水瓶は充分な水が入っている。溢れそうな水を欲しがることも、受け入れる筋合いもない。君の保護者のようないつの間にか底がつきかけるような素焼きの水瓶なんてそうそうない。

 __かといって、水をその場に捨ててしまえば、他の困り事ができる。

 __だから安定した使い道を作るか水瓶を大きくするかしなければならない。

 わかったようなことを言う。それができればどれだけいいか。 

 だが、一人で対処できるようにならなければならないのは確かだ。洸さんをいつまでも頼ることはできない。もしかしたら、もう洸さんは帰ってこないかもしれない。

 一つ角を曲がると、一気に街灯が減った。そろそろ、マンションが近付いてくる。

「すみません、そこのコンビニに止まってください。夜遅いので、そこから自分で行きます」

「りょうかーい」


 他に車がない広い駐車場の端に静かに車が停止する。

「今日は、ありがとうございました。また何か持っていきます」

 トベにヘルメットを渡すと、あちらも脱いで頭を振るう。

「君も、保護者がいない間は大人しくしてなよ。うろつく君のほうが怪異のようだよ」

 __ミイラ取りがミイラになる、ってのはちょっと違うか。

 調査、退治する側がそんなものになってたまるかと思うも、確かにそうだとも自責する。最近は人らしい生活ができていない。

「それと、たかるためにしてやったんじゃないからね。まだ少し歩くんでしょ。気を付けて」

 しっかりとこちらを見ながら彼は言った。普段誤魔化している鋭い目つきが顕になっていたが、それに対し悪感情は沸かない。影が晴れて虹彩がはっきりと見え、こちらを伺うような眼差しで、声色もどことなく柔らかだった。

「はい。トベさんもお気をつけて」


 暗い一人で暮らすには大分広い2LDKの角部屋。賃貸なのだから引っ越すことも提言したが両親曰く、ここが帰る場所だからという。待つ身からすると思い入れより虚しさが勝るのだけれど。

 どうせ隣も不在なのだから、そう気にしなくともいいことはわかっているが、どうも気分が乗らずそのまま寝室に向かった。

 テーブルの上の紙袋を目に入れるたびに2月のあの日の言葉が思い出される。

 "保険"

 洸さんが帰ってこなかった時のための。

 その紙袋から目を逸らすように、嫌な考えを追い出すように目を瞑った。いつかもらった手首の平紐を縋るように握りしめる。




 着信音で目が覚める。学校からだ。時間を見ると9時過ぎ。電話に出ると相手は、1年の時の担任だった。多少気安い関係ではあるが、何を言われるか。

「おはようございます」

「おはよう。寝起きか」

「はい……」

 引っかかりのある声しか出ないことが恥ずかしい。

「それはすまん。2時頃って話だったな。わかっていると思うが、昨夜の件が学校にも連絡が来てな」

「ああ、はい。わかりました。二度とないように気を付けます」

 元々、補導されたこと自体に懐疑的だったようで、確認した後心配するようであった。普段の生活態度の大切さを感じる。まあ、家庭環境についても知っているから故のこともあるのだろうが。

「あまり、言っちゃいけないことだろうなんだが、4月からもお前の担任になる。色々根回しできるし、何かあったら言ってくれ」

 その声に曖昧に返事をした。

 電話が確かに終わったのを確認して、うめき声と共に頭を振る。

 よくよくスマホを確認すると、始業前だったのであろう両親からの連絡もあった。学校から知らされたらしい両親からは、苦言まじりの心配の言葉。返信を考えようともなんだか思考がまとまらない。先に諸々を済ませてしまおう。

 学ランの上着とベルトだけを脱いだ状態のまま寝てしまったため、ワイシャツとスラックスに変なしわができてしまっている。ワイシャツは洗って干せばある程度なくなるだろう。スラックスを軽く伸ばしてからハンガーにかけ、取り込んだままになっている洗濯物の山から下着などを取り出す。誰も見てないからでもあるが、日々余裕がなくなっていることを感じる。

 洗面台で鏡の中には、やつれた己の顔が映る。乱れた髪の隙間から覗く左のこめかみの小さな傷跡が赤くなっている。寝ている間に掻いてしまったか。ともかく、碌に人に見せられる様相ではない。

 大きなため息が漏れ出たことにさえ呆れながら、慣れたように名残惜しいように手首のそれを外す。


 シャワーを浴びた後、両親に適当な返事を返した。簡素な食事を済ませ、ラフな格好に着替えた。平紐は首に掛けた。幼い頃もらった銀糸混じりのそれは、洸さんに繋がる縁そのものように思える。

 日が傾いてきているのを感じながら、重い竹刀ケースを持って家を出る。昨日ほど遅くなるつもりはないが、逆を言えば夜に出歩くことを止めるつもりはない。


 駅前の商店街。準備中の居酒屋の間を抜けて、怪しいテントといくつか丸いすが並ぶそこの前に“占いトベ”の看板が建てられている。

 春休みで学生も碌におらず、社会人がこの辺りを通るには早い時間、そこに客は誰もいなかった。

 これは好都合。さっさと話をしてしまおうか。

 ここにはトベの占い以外の仕事、仲介人として用があって訪れた。彼には協会を通して依頼、基霊力の使い道を紹介してもらっている。

 この世の中には、現在学校で習うような科学では説明できないことがある。いわゆる“オカルト”。一応しっかりとした研究も進められているらしいが、根本の理論ができておらず、人によって感知できるできないがあって、それを証明できるような術も確立していないため一般に眉唾物とされている。

 それでもその“オカルト"は確実にあり、それを取り纏めるのが“協会”であって、ある程度の権威があるのだという。そこと中継ぎしてくれるのが彼なのだ。

 正直、洸さんやトベからの受け売りでしかなく、“協会“の実像はつかめておらず、どうも他人事としか受け取れていない。


 依頼の内容はさまざまで、単に何がどこにあるのかの調査や有象無象の退治、諸々の採取。

 人ならざるものとの試合なんてのもあり、洸さんは主にこれをしているらしい。

 中に入れば、トベが手慰みに小物の手入れをしている。

「いらっしゃい、ってなんだ」

「……トベさん、昨日はありがとうございました」

 席につき、向かいの彼に頭を下げて改めてお礼とともに、駅前で買った日持ちする和菓子を渡した。

「……いらないと言ったつもりだったんだけど」

「俺の気持ちの問題なので」

「はいはい。で、今日もなんでしょ」

「はい、何かありますか」

「今日こそはあるよ。市民病院病院の近くの辻。そこに何かいるから、それの調査。雑魚だったら潰してもいい」

 そう言いながら1枚の紙を出す。

「わかりました。じゃあそこに」

「うん。じゃあ、お気をつけて」

 今日は胡散臭い笑顔で手を振って言う。それに軽く手を振りかえしてテントを出た。


 今回の依頼は調査。妖あるいはそれ未満のものの情報収集。いつ、どこで、どんなものが、何をするのか。それを報告書にまとめることがメインとなるが、正直残りカスでもなんでも、それがいたという証拠を示せば多少の報酬がもらえる。別に協会に協力的ではない人は、薄利多売の考えでさっさと潰して報告書も書かずに残りかすを数だけ提出しているなんてのもあるらしい。


 トベが言っていた場所に近づくと啜り泣くような音が聞こえる。もしかしたら、人がいるのかもしれないが、きっとナニカが誘う音なのだろう。

 音のする方へ向かう。よくあるブロック塀の住宅地。だが、よくよく立ち直れば生活音が聞こえてこない。啜り泣くような音だけが耳にはいってくる。やはり、と確信を得た。

 そこにいたのは10歳ほどの少女に見えるもの。それはブロック塀の方を向いて、蹲っている。なんてこともない、むしろ可哀想な手を差し伸べるべきだと思うようなそれに、身を引き締めて慎重に近づく。

「そこの」

 一つ声をかけるだけで、水を得た魚のように声を出した。か細い声の奥にほくそ笑むような音も聞こえる。後一歩進めば、それに手が届くくらいの距離になると、それは肩を揺らし、ゆっくりと振り返る。

「迷子になったの、__ねえ一緒に来て」

 こちらに振り向くそれの顔は塗りつぶしたように黒く、伸ばされた手は人のものではない。

 それに応えることもなく、利き手で木刀を抜き、そのままそれをブロック塀に叩き付ける。さほどガワが丈夫でなかったのだろうそれは、原型を残さずペンキをぶちまけたような跡だけとなった。

 そこから1滴2滴ほど残骸をアンプルに入れる。後は報告書を書くだけになる。ああ、この程度か。溜まる焦燥が碌に減らなかったことについ吐息がでる。

 あと1月もない。

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