第三十話「シノさま大好き」
私は人気ないところで一人蹲っていました。
お金をなくしてしまってから、何度も何度も来た道を探しました。
でも、お金を見つけることはできませんでした。
だから、もう帰ることができません。
すっかり辺りは真っ暗です。
シノさまはもう帰ってきていますでしょうか。
私がいない事に気づいていますでしょうか。
勝手に出かけてしまった私のことを怒っていますでしょうか。
私のことを……探し出してくれますでしょうか。
「手、握っとけ。こんな都会で逸れたらもう一生会えなくなるぞ」
前にデートで言われた言葉が頭の中で反響します。
もう一生会えない。
途端に体が大きく震え、自分を抱きしめるかのようにして縮こまりました。
なんでこんなにも怖いと思ってしまうのでしょうか。
シノさまに出会うより前は何もない狭い牢屋の中で一人ぼっちでした。
あの頃と比べれば、空も見えて、たくさんの人がいて、自由なはずなのに。
なんでこんなにも怖いと思ってしまうのでしょうか。
それは、お金がなくて、ひとりぼっちで、行くところもなくて、この先どうなってしまうかわからない行末に恐怖しているのでしょうか。
違います。
もうシノさまに会えないからです。
シノさまに会えない事がどうしようもなく怖いんです。
シノさまから一人で勝手に出歩いちゃいけないって言われていたのに。言いつけを破ってしまってこうなってしまっています。
きっと、私は贅沢を望みすぎてしまったのです。
シノさまと一緒にいて、牢屋にいた時には想像もつかないほど幸せだったのに。
これ以上がないくらいだったのに。
私はもっと幸せを望んでしまいました。
サプライズでシノさまにプレゼントを渡して、シノさまに喜んでもらって……シノさまに褒めてもらう。
そんな欲深さに、きっとバチが当たってしまったんです。
「シノさま……」
自然と口から大好きな人の名前が溢れてしまいます。
いつも名前を呼べば近くで返ってくる声が今はしません。
「シノさまぁ……」
何度呼んでも結果は変わりません。
自分の掠れた声が耳に残るだけです。
目を瞑れば鮮明にシノさまの顔を思い出せるのに、もう会うことが叶わないのです。
「アリス!!」
「え?」
不意な大きな声に、膝に埋めていた顔を思わず上げます。
一瞬、嘘かと思いました。
目の前には体が上下するほど息を切らして、顔にだらだらと汗をかいているシノさまがいました。
「シノさま!!」
なんで? どうして? と細かい事を考える前に体がバネのように飛び跳ねてシノさまに飛びつきました。
それをシノさまが受け止めてくれます。
「うおっと。心配させやがって。勝手に一人で外に出るなって言っただろ」
「ごべ……っ! ごめん゛な゛ざいいぃぃ!! あ゛あ゛あああぁぁぁーー!!」
「ったく……」
随分と長い時間、シノさまの胸に顔を埋めていました。
確かなシノさまの温もりを感じながら、次第に収まっていく嗚咽。
それを見計らったようにシノさまが私の両肩に手を置きました。
「あーあー。べちょべちょじゃねーか」
シノさまのいう通り、私の目やら鼻やら口から出た汁でシノさまの服がぐっちょりしてしまっています。
「ジノざまぁ……」
「ほら、そろそろ泣きんで帰るぞ……ってやべっ。嬉野さん忘れてた」
「かもめさんですか?」
「ああ、嬉野さんもめちゃくちゃ心配してたんだぞ」
シノさまが慌ててスマホを取り出して電話をかけます。私もかもめさんとお話しして、ちゃんと謝ることができました。
「んじゃ、帰んぞ」
いつもの調子で放たれたその言葉に、私は胸いっぱいになりました。
また、少しだけ涙が出ちゃいました。
「はい!」
私はしっかりとシノさまの手を握ります。
「お前、それだと歩きずらいだろ。転ぶぞ」
「転んでもこれがいいです!」
シノさまの言う通り、絶対に離れないように両手で手を握って歩くと、ちゃんと前を向けないし歩きずらいです。でも、それでも構いません。
「まぁいいけど、階段は危ないからやめろな。それと、なんであんなところにいたんだ?」
私が蹲っていた場所。そこはシノさまとデートに行った時の釣り堀でした。
「楽しい思い出の場所じゃないと耐えられないくらい寂しくて死んじゃいそうだったので」
「そんな寂しい思いをしたんだから、もう勝手に一人で出かけるなよ」
「はい。もう一生しません!」
「……一生はどうかと思うけど、そうだな」
帰り道。しっかり握るシノさまの温かさは一生忘れない。そう思うのでした。
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