第二十六話「デート3」

 映画館を後にて、程よい腹の空き具合にちょうど昼時。

 もちろん昼食のリサーチも欠かせていない。


 デートでの昼食といえば何か。

 そう。イタリアンだ。

 イタリアンってだけで、ちょっとオシャンで、女の子ウケがいい……なんてのは童貞の発想なのかもしれない。

 でもいいんだ。

 俺なりに考えたんだ。

 それに相手はアリスになったしな。


「ここらでちょっと話題のイタリアンがある。そこでお昼を食べるぞ」

「いたりあん……はオムライスありますか?」

「イタリアンにオムライスは……ないんじゃないか?」


 いや、オムライスはイタリアンだったけ?

 でもイタリアンといったらパスタだよな。

 てか、なんでオムライス?

 ああ、アリスの外食は嬉野さんの喫茶店しか行ったことないからか。

 店長のオムライス美味かったもんなぁ。


「オムライスがいいか?」

「いえ、いたりあんがいいです」


 そして目的のお店の前に着くと、愕然とする事になった。

 順番待ちをするために並べられている丸椅子は既に埋まり、道のあちらこちらに順番待ちをしているであろう人が立っていた。


 ダメ元で店内に入ると、待ち順を記入する用紙にはびっしり名前が並んでいる。


「すみません。今ですと、一時間から二時間ほどお待ちいただく必要がありまして」


 紙の前で立ち尽くしていると、忙しそうな店員からそんなことを言われる。

 少し考えれば分かったことだ。

 都内で昼時に最近話題のお店となればスムーズに入れるわけがない。


「別のところにしますか?」


 アリスが状況を察してていあんする。


「そうだな……」


 早速事前のリサーチが頓挫してしまった。


「あ! シノさま見て下さい。あそこにもイタリアンがあります。あそこにしましょう!」


 アリスが励ますように指を指す。

 その先には大型チェーン店のファミリーレストランがあった。

 ネットでは度々最初のデートで行くのどうかと議論されて賛否が分かれる名の知れたファミレスだ。

 かと言って、昼時に他にアテがあるわけでもない。


「あそこにしてみるか」

「はい!」


 自動ドアを潜ると、奇跡的に一つ空いていたテーブルに案内される。


「オムライスです!」


 アリスる早速メニューからオムライスを見つけると、嬉しそうに教えてくる。


「んじゃアリスはオムライスでいいか?」

「はい!」


 注文してからすぐに料理が届くと、アリスが美味しそうにオムライスを頬張る。


「そんなに美味いか?」

「美味しいです! でもマスターのオムライスの方が好きです」

「あれは絶品だったよなぁ」


 実はお手伝いの合間にオムライスの作り方を店長から教えてもらっているので楽しみにして下さいとか、さっきの映画の結末をお互いに予想したり、話はそこそこ盛り上がった。


「さて、次行くけど疲れてないか?」

「大丈夫です!」


 次が今回のメイン。

 デートといえばそう。水族館。

 一日に映画と水族館の両方なんてと思ったが、流石都会といったところか。


 アリスの手を引いて移動すると、そこでも人が溢れかえっていた。


「水族館、いっぱいですね」

「ああ……」


 これは俺のリサーチ不足だった。

 よりにもよって今日はなにかのアニメとコラボしているらしい。いつもより人が多いようで、入場制限が設けられていたのだ。

 入り口周辺にはずっと前から待っているであろう人達が、チケットを片手に並んでいる。

 ある程度混んでいるとは予想していたけど、まさか入ることもできないとは思わなかった。


「残念だけど、今日は難しそうか……」

「ではシノさま。別のところに行きましょう!」

「別のところったって……」


 切り替えがアリス。

 それに比べて俺は休日の都会の人の多さに打ちのめされたばかり。

 今からどこに行ったって入る気がしない。


「さっき見かけたところに行ってみましょう!」


 そう言うと、今度はアリスが俺の手を握って引っ張った。

 それからは引っ張られるまま色々な場所をあてなく周った。

 ゲームセンターからオタク専門店。目に留まった雑貨屋やビル丸ごとが本屋になっているところにも行った。


 何を買うでもなく見て回るだけなのに、それだけで楽しかった。


「あ、見てください! 水族館がありました。人も少ないです!」


 駅ビルを探索していると、なんと水族館があった。


「いや、水族館じゃない。釣り堀だな」

「お魚釣りできるですか?」

「みたいだな。せっかくだしやってみるか」


 二人分料金を払って竿を借りる。

 どうやら穴場のようで、俺とアリス以外の人はいない。


 初デートで釣り堀ってどうなんだろうな。

 釣り糸を垂らしながらそんな事を考える。

 思い返せば今回のデートは何もかも思い通りにいかなかったな。

 映画では途中でトイレに行くし、予定に考えていた昼食と水族館も入れなかった。


「今日は悪かったな」

「? なにがですか?」

「映画も最後まで見れなかったし、水族館も行けなかったろ」

「そんなことありません。映画は楽しかったですし、水族館は残念でしたけど、代わりに色んなところをシノさまと行けて楽しいです」


 アリスは屈託なく言う。


「私は楽しかったですけど……、シノさまはやっぱりかもめさんとデートの方が良かったですか?」


 逆に不安気にそう尋ねられてしまった。


「……いや。今日はアリスとデートで良かった」

「ホントですか!? かもめさんよりですか!?」

「少し語弊があるが、そうだな」


 正直、嬉野さんとデートをしていたら散々だったろうな。

 きっと嬉野さんは優しいから気を遣ってくれて、今頃めちゃくちゃ惨めな思いをしていただろう。

 俺の度重なる失敗を楽しいに変えてくれたのも、アリスの純粋さあってのことだと思う。


「あ! 見て下さい! 釣れました! 大漁です!」


 アリスが引き上げた金魚を見せてくる。


「凄いな。針外せるか?」

「問題ありません」


 躊躇なく金魚をガシッと掴むと、釣針を器用に外して容器に入れる。


「お前なかなかワイルドだな」

「かもめさんにも言われました」


 俺だって少しは躊躇うし、釣針を上手に外せる自信ないぞ。

 しかしアリスでも釣れたんだ。釣り未経験の俺も釣れるはず。


 それから二十分。

 俺の釣り糸が動く気配はなかった。

 何度か確認しているけど、エサだってちゃんと付いている。


「いや、おかしいだろ」


 隣では金魚の山が築かれていた。


「見て下さい! ソーラン節レベルです!」


 なんだよそれ。

 てか、アリスが糸を垂らす前から金魚がアリスに群がっているんだけど!


「皆さん待ってください。一匹ずつです」


 アリスが言うようにまるで、アリスに釣られたくて群がっているみたいだ。

 なに? これがエルフが持つ能力か? 動物に懐かれやすいみたいな?


 アリスが糸を投げれば、争うように投下場所に群がり、それをコンマ数秒で釣り上げる。

 まさに入れ食いだ。

 他にお客さんがいたら恨まれてたな。


 結局、俺は一匹も釣ることができず、貸し出し時間の三十分が経過した。


「一匹持って帰れるみたいだぞ」

「金魚は美味しいですか?」

「いや、金魚は食べられない」

「じゃいりません」


 アリスがどばーっと金魚をリリースする。


「お魚釣り楽しかったですね」

「それは良かったな」


 そりゃ、あれだけ釣れれば楽しいだろうな。

 俺は一匹も釣れなかったけど、不思議と楽しそうなアリスがいるだけで、その楽しいが感染したかのように退屈にはならなかった。


「それじゃ、そろそろ帰るか」

「はい!」


 もう日沈みそうだ。

 帰りの電車では電池が切れたかのように寝てしまうアリス。

 普段外な出ない分、今日は歩き回って疲れたのだろう。

 アリスくらいの子供は普通だったら小学生だもんな。

 外で遊ぶって時代じゃないにしても、学校の体育で体力はつけるし、そこら辺も考えないとか。


 駅に着くと、「かもめさんのお土産忘れました! 戻りましょう!」と言われたが、なんとか宥めて、人生初のデートを終えるのだった。

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