第二十七話「初お給料」

「はい。一カ月お疲れ様でした」


 目の前に正座で座るアリスちゃんに白い封筒を差し出す。

 それに仰々しく両手で受け取ると、深々とお辞儀した。


「ありがたく頂戴いたします」


 お給料受け渡しの儀式? が終わると、アリスちゃんは期待に目を輝かせて封筒を見つめる。


「中、見てもいいですか?!」

「うん。アリスちゃんが稼いだお金だからね」


 封筒のノリを丁寧に剥がして、中を覗く。


「ごせんえんです!」

「うん。お手伝いだから少しなんだけど、アリスコーヒーが大好評だったからちょっと多めにしたって叔父さんが言ってたよ」

「じゅうぶん多めです!」


 喜ぶアリスちゃんを見て内心ホッとする。

 もし期待に添えられなくてガッカリさせちゃったらどうしようかと思っていたのだ。


「かもめさんもありがとうございます!」

「んー? なにが?」

「お仕事の仕方を教えてくれたので」

「ううん。今となっちゃアリスちゃんの方が仕事出来てるくらいだよ」

「そんなことはありません」


 実際、アリスちゃんによる仕事の貢献はとんでもないことになっている。

 というのも、アリスコーヒーを頼むとアリスちゃんとお話ができる。なんて謎のルールが誕生している。

 常連はもはやアリスコーヒー目当て。いや、アリスちゃん目当てでお店に来ている。

 そのくだんで、ちょっとしたいざこざがあったのも記憶に新しい。


 それは、常連の後藤さんがアリスコーヒーを注文して、アリスちゃんと談笑している時だった。

 他の常連であるおばさんがアリスコーヒーを注文したのだ。

 アリスコーヒーはアリスちゃんが作ってのアリスコーヒー。

 注文が入ったことで、アリスちゃんは後藤さんの元を離れてコーヒーを入れておばさんとの談笑がはじまる。

 すると、今度は後藤さんが二杯目のアリスコーヒーを注文して、アリスちゃんを引き戻したのだ。


 それからはアリスちゃんの醜い取り合いである。

 最初はアリスコーヒーがたくさん注文されて喜んでいたアリスちゃんも次第に困惑に変わっていた。

 ついには「アリスちゃんとはこっちが先に話をしていたんだ!」と、注文合戦から口喧嘩に発展する。

 大の大人が、九歳の女の子の前でだ。


 しょうもない争いだけど、普段なら怖くて叔父さんを呼んでいたと思う。

 でも、隣にアリスちゃんがいたからだろうか。私がアリスちゃんを守らないとと、その時はその使命感だけが私にあった。


「いい加減にして下さい!」


 自分でもびっくりするくらい大きな声が店内に響いた。

 それに口喧嘩がぴたりと止まる。


「そもそもこのお店ではスタッフと会話するサービスはありません。

 もし、飲み物を頼んで若い女の子と楽しくお話がしたいのなら、そう言ったサービスをしているお店に行って下さい。ここは純喫茶です」


 なに当たり前な事を言っているんだろう。

 でもここまで言っちゃったなら、最後まで言わせてもらう。


「アリスちゃんはお手伝いで預かっている子です。今後、アリスちゃんの前で問題を起こすようなら、アリスちゃんの接客は一切しないよう対応します」


 目を丸くする常連に対して、毅然とした態度を崩さないように装う。

 すると、控えめな力で指が引っ張られた。

 隣には心配そうな顔のアリスちゃんがいた。


「クビですか?」

「うん?」

「私がお話ししちゃってるからクビですか?」

「ううん。アリスちゃんの接客は百点満点だから大丈夫。クビ……いや、出禁になるのはそんなアリスちゃんを取り合ってる悪いお客さんかな?」


 後藤さんたちがビクッと揺れる。


「わ、悪かった。もうしない……」

「誰に謝ってるんですか?」

「アリスちゃんごめんなさい!!」




「あの時のかもめさんはカッコよかったです!」

「ありがとう。本当は全然余裕なかったんだけどね」


 とにかく、そんな事もあるくらい、アリスコーヒーは大人気メニューになっている。

 一つ気に食わないことがあるとしたら、アリスちゃんがお手伝いに来ていない日だと、コーヒー一杯だけ頼んですぐ帰ってしまう常連たちだ。看板娘の私がいるのに。

 まぁ、アリスちゃんと比べられちゃうと敵わないんだけどね。


「それで、お給料はなにに使うか決めてるの?」

「はい。少しでも生活費の足しにできればと思ってます!」


 当たり前のように言う。

 とても九歳の女の子の発言とは思えない。


「でも、初給料だけは別の物を買いたいと考えています」

「なにか欲しい物があるの?」

「はい。シノさまのプレゼントを買いたいです」


 なんていい子なんだろう。

 私がアリスちゃんくらいの歳だったら……いや、今だって自分で稼いだお金は自分のために使うに決まっている。

 きっとアリスちゃんはそれくらいシノくんのことが大好きなのだろう。


「それはシノくん大喜びだね」

「喜んでくれますか?」

「もちろん。アリスちゃんからプレゼントなんてもらったら泣いちゃうかも」

「え!? 泣いちゃうならやめます!」

「違う違う。嬉しすぎて泣いちゃうってこと」

「あ! 知ってます。私もアリスって名前を頂いた時に涙が止まりませんでした。そっか……あれは嬉しすぎたからだったんですね……。では泣いちゃうくらい嬉しい物を頂いたので、私もシノさまに嬉しくて泣いてもらえるくらいのプレゼントを用意します!」


 やる気に満ちるアリスを見て、しまったと思う。

 シノくんが喜んで泣く姿がイメージできない……。ちょっと適当なことを言っちゃったかもしれない。


「そ、そうだ。サプライズでプレゼントしたらどうかな」

「さぷらいずですか?」

「うん。シノくんに内緒でプレゼントを用意して、ビックリさせるの。突然のプレゼントにシノくんもうるってくる……かも?」

「それ採用です! こっそり買って来ます!」


 あちゃーどうしよう。もうアリスちゃんの中ではプレゼントをもらって嬉し泣きしているシノくんの姿がある。

 シノくん。頑張って泣いてくれるよね?

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