第二十五話「デート2」

 あまりにも身近なものの既視感だったからだらうか。

 アリスだと分かった途端、彼女がアリスが大人になった姿にしか見えなくなってきた。


「はい! どうですか? 魔法でかもめさんと同じくらいまで成長してみました。これなら……私とデート。してくれますか?」


 そういって、くるっと一回転して見せる。

 その仕草はとても嬉野さんと同年代とは思えないあどけなさを感じるものだった。

 それから不安そうに見つめてくる。


 なるほどな。

 嬉野さんと待ち合わせを決めるやり取りしている時から少し違和感があったけど、このためだったのか。


 待ち合わせ場所が最寄りの駅なんて、移動中の会話どうしようと必死にデッキを組んでいたけど、最寄り駅だったのはアリスのためだったか。


「そうだな。俺よりも歳上みたいだし、デートと呼んで問題ないな」

「本当ですか!?」


 無邪気に喜ぶアリスを見ながら、正直ホッとしている自分がいた。

 さっきまで、嬉野さんとデートと思いきや見知らずの嬉野さんの友達とデートになったりと、緊張のあまり吐きそうだったのが、アリスが相手とわかって気がだいぶ楽になった。


「てかお前、びっくりするほど美人になったな」

「アリスは美人ですか?」

「ああ、美人になるんだろうなぁとは思ってだけど、予想よりもずっと美人だ」

「シノさまの方がカッコいいです!」

「そりゃどうも。んで、元に戻るんだよな? それ」

「はい。半日程度で元通りになります」


 シンデレラの魔法みたいなものか。

 ずっとこのままだと、色々と別の問題が起きるから良かった。

 ここまで読んでくださっている紳士の方々もアリスが大人になってしまったら離れてしまうからな。


「んじゃ行くか」

「はい! 電車に乗るのは初めてです。チケットを買うんですよね」

「切符な。大人になったんだから自分でボタンを押さないとだぞ?」

「お任せ下さい!」



÷−÷−



 アリスが緊張した面持ちで切符の購入をして、改札口を抜けることに成功すると、「シノさま入れました!」といちいち喜んで見せる。


 アリスの姿が大になっても、微笑ましい光景だ。

 しかし、今後もいろんなところに連れて行かないとだな。

 俺に合わせてずっと引きこもっていたら電車にも乗れない大人になってしまってたもんな。

 そんなことに気づかされた。


 電車に乗るためのルールを幾つかアリスに教えて、電車に乗り込む。


「シノさまに謝らないといけないことがあります」

「ん?」


 空いている場所に腰掛けると、アリスが謝って来た。

 ああ、かもめさんと約束していたのにアリスが来たことかな。


「見て下さい。おっぱいが大きくなりませんでした。シノさまは大きいのが好きなのに……」


 アリスはしょんぼりしながら控えめな胸元に手を置く。

 そして近く座るおっさんがギョッとした目でアリスをガン見した。

 そのおっさんと目が合うと、咳払いをして目を逸らされる。


「いいかアリス。周りの目があるところでそういう事は言うな」

「? 何か言っちゃダメな事を言ってしまいましたか?」


 恥じらいのないアリスは真顔で聞いてくる。

 今この話を深掘りすると被害が大きくなりそうだし、また今度教育だな。


「おいおいな。それにしてもその服は嬉野さんのを借りたのか?」

「はい。パンツもかもめさんのです」


 ほーん。水色のやつかな?


「あ、でもこの帽子は買ってもらいました」


 あぁそうか。忘れていたけど、アリスはエルフだったもんな。

 耳の大きさは気にならない程度だったけど、大人になって結構目立つようになったのかもしれない。その耳を隠すためか。


「んじゃ、お返しにお土産買って行かないとだな」

「はい!」



÷−÷−




「ここが都会……建物が高くて人がいっぱいです」


 初めての都会を見上げて感激するアリス。

 あのボロアパートの利点の一つとして、家賃が安いとは別にこうして最寄駅から都会まで乗り換えなしの一本でアクセスできるのだ。

 引きこもり気質の俺には持て余していた利点だけど。

 これからもたまにはこっちの方に遊びに来てもいいかもしれない。


「手、握っとけ。こんな都会で逸れたらもう一生会えなくなるぞ」


 照れ隠しで、普段のようにと意識して手を出す。


 デートで手を繋ぐなんてドキドキのシチュエーション。

 相手がアリスと言っても今はビックリするほどの美人。

 小さい手ではない。

 女性の手柔らかい手が俺の手を握った。

 緊張して仕方ない……と思ったが、アリスはキョロキョロしながら「あれはなんですか!?」「あれ知ってます! ゲームセンターです!」と無邪気にはしゃぐもんだから、そんな緊張はすぐに消し飛んだ。


「ここが目的地だ」

「ここは?」

「映画館だ。知ってるか?」


 デートの定番と言えば映画鑑賞だ。

 会話に自信がない俺にはもってこいのレジャー施設だ。


「知ってます! 大きいテレビをみんなで見るところです!」

「まぁだいたいあってる。今日はあれを見るぞ」


 そのキービジュアルポスターを指さすと、アリスは目を輝かせた。

 3Dアニメーションのなんか動物のやつだ。

 本当は俺も普段見ない恋愛映画を予約してたけど、それだとアリスは楽しめないだろうから、電車の中で予約し直したのだ。


「今話題のウサギさんが主人公のやつです!」


 どうやらアリスの知っているやつらしい。

 結構ネットでも広告を見かけてたからな。

 ま、喜んでるしいいチョイスだったのかな。


 せっかくだし、映画鑑賞のお決まりのポップコーンとジュースを購入して、予約した番号の席に着く。


「端っこで悪いな」


 直前で予約したこともあって、いい席は当然のごとく埋まっていた。

 取れたのは後方の端っこだ。


 それでもアリスは気に様子もなく、席の番号が間違っつないかチェックするのに夢中だった。


 それから照明が落ちて、映画が始まる。

 子供向けなコミカルなデザインなのに、内容は少しシリアルで大人でも楽しめる内容だった。

 物語も終盤。

 ハラハラドキドキ。

 この作品のとっておきの見せ場。

 そんな場面で、恐れていたことが起きてしまった。


 お腹。痛い。


 ジュースで冷えたのか、腹痛の波が襲って来たのだ。

 隣を見ると、スクリーンに釘付けになっているアリス。


 できれば終わるまでそっとしてあげたかったが、もう俺のダムが決壊すると悲鳴をあげている。

 アリスの肩をチョンと触る。


「?」

「悪い。トイレに行ってくる」


 俺はそれだけを小声で伝えて席を立つ。

 端の席だったおかげでスムーズに外に出ると、上映中でガラガラのトイレに駆け込んだ。




「ふぅ」

 トイレから出る頃には映画は終わってしまったようで、人が中からゾロゾロと出て来るところだった。

 一番いいところを見逃しちゃったな。

 結末はアリスに聞くか。


「シノさま!」


 アリスが出てくるのを見つけようと出口を眺めていると、アリスはもう外にいたらしく、俺の隣に立っていた。


「早いな。初めての映画館はどうだった?」

「はい。大迫力でした!」

「そりゃ良かった。んで、最後はどうなったんだ?」

「? 最後は見てませんよ?」

「は? なんでだよ」

「シノさまがおトイレに出て行ったので私も外でお待ちしていました」


 なんだって?


「なんでだよ。結構いいところだったろ」

「シノさまを差し置いて見るわけにはいきません」


 なんだそりゃ。

 まぁ、見なかったんなら今更あーだこーだ言ってもしょうがないか。


「んじゃ今度配信されたら家で見るか」

「はい!」


 俺のデートプランはまだまだこれからだからな。

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