第3話 遺伝子の凄さを証明
「あらまあ、今日はやっちゃんなのねぇ……って、あらあら、お友達もご一緒なの?」
祖母宅へ着くと、軽トラを見て容子の父が来たと思い、庭先まで出てきた祖母が開口一番に問題発言をした。
「ばあちゃん、違うの。この人はスタンドのかたで、配達に来てくださったの」
「あっ、毎度どうも、有難うございます!!」
せっせと米袋や野菜を玄関先まで運び、「これはどこへ入れますか?」と、灯油のポリタンクを容子でなく祖母に聞いている。
「あらあ、有り難いわねえ。ご苦労様です。それは後で納屋にしまうから、ここに置いて頂けるだけでいいですよ」
「ばあちゃん、今、ストーブのタンクに入れるのはないの?ついでに今やっとくよ」
垣沼はポリタンクを玄関先に置くと、「納屋に入れましょうか?それとも?」と祖母にではなく今度は容子に聞いた。
そして垣沼は祖母をまじまじと見つめ、何かが分かった様にウンウン、と頷いている。
祖母は、垣沼が鈴木宅で見かけた容子の姉にそっくりであったのだ。いや、彼女が祖母に似たのだ。
小柄で華奢。白髪を染めずにストレートの長い髪を上の方でお団子の様に束ねている。着ている服装も、年寄りらしくはなく、タートルネックにフリースのジャケット、元は普通丈のスカートがロングスカートに見え、スパッツにショートブーツ。なぜか子供服を着ているかのようだった。
そう言えば、鈴木姉嬢も幼い感じの服装だったな、と垣沼は思った。若作りと言うよりは、子供の様に見えたのだ。
考えてみれば、中高生は逆に大人びた服装をしがちだ。あれ、こちらの妹嬢は一体何歳なのだろう?素朴な疑問が湧き上がる。
「この前入れたばっかりだから、大丈夫。そろそろあったかくなるからねえ。しまう時に大変になっちゃうから、少しずつ見ながらやるから……そっか。やっちゃん、悪いけど納屋に持ってってくれるかしら」
「勿論」
二人を見比べていた垣沼は、「や、自分が運びますから」と、容子に納屋の場所を尋ねる。
「……あらあ?あらあら?」
祖母は、容子と肩を並べて歩いて行く垣沼を見て、何かを感じ取ったらしい。
お茶の用意をする為に、いそいそと家の中へ入った。
「ばあちゃん、こっちも納屋に運ぼうか……って、ん?居ない」
玄関の扉を開けっ放しで祖母が消えていた。
「やっちゃん、中にお入んなさい。お茶が入ったからねぇ~」
中から大きな声で呼び、容子は一瞬戸惑った。
……え、ばあちゃん、垣沼氏がいるんだけども……。
「ほらあ、早くそっちのお兄さんも入って手を洗ってねえ」
……は?ばあちゃん?何がどうなっているのか?寂しい祖母の話し相手になれと?しかしこの人は仕事中ですけども……。
「ほらあ早く、お茶が冷めちゃうでしょう」
「え、と、お茶が入ったってことですからどうぞ中へ」
「えっ、あ、お茶?」
容子が促すと、垣沼は、え、でも、おやっさんが、待ってて、などと口ごもる。
容子はそうだろう、当然だと思うが、祖母の気持ちも汲みたい。あまり外に出ない人なので、初対面であろうが話し相手が欲しいのだ。嬉しそうなのだ。
「五分でいいからお茶の一杯でも飲んで行ってください。スタンドまでちゃんとお送りしますから。私も直ぐ帰りますので、ね」
そう言うと垣沼の背中をそっと押した。垣沼は、あ、じゃ、お言葉に甘えて……などと小さな声で容子に向き直り、ついでに玄関先にあった米袋と野菜を中へと運ぶのだった。
祖母は久しぶりの来客に上機嫌そうだ。
垣沼と容子は長方形のコタツに並んで座らせられた。向かいで祖母がニコニコしている。
「今日は有難うねえ。やっちゃんも久しぶりねえ。今忙しいの?今日はお休みなんでしょ?」
「あー、うん、まあ」
何を答えていいのか分からない。早めに切り上げて垣沼氏をスタンドまで送り届けなければ。会長さんが首を長くしてお待ちであろう。
そう考えながら早くお茶を飲もうと、隣の彼に再び勧める。
「あっ、お構いなく、じゃ、頂きます」
「ねえ、大学いもを作ったんだけど、お口に合うかしらねえ、どうぞお試しあれ」
大皿にどっさりと芋が盛られている。一体何人分を作ったのだろうか。ああ、父が来ると思っていたからだな、と容子は気付く。父の好物のひとつだ。
「ええ〜懐かしいですねえ。おふく、や、母は面倒くさがってあんま作ってくれないんですよ。や、頂きます!」
先程の小さな声とは打って変わって、元気な受け答えに、ま、現金な、と容子は感じた。
「ん、美味しいです!」
「そう、良かったわあ。良かったらいっぱい有るから沢山召し上がれ。ほら、やっちゃんも」
「うん、頂きますけども……」
仕事はどうした、新人君?こんな所で油を売っていて宜しいのですか?と横を眺めると、何とも美味しそうに大学いもを頬張りながら、お茶をすすっている。新人のくせにいい度胸、いいえ根性をしている。会長に店番を任せて来たのに。
結局、垣沼は祖母宅で三十分ほどを過ごした。
祖母と、容子の姉がとても似ているという話題で盛り上がったのだ。
「あらあ、お兄さんはさっちゃんのことも知ってるのねえ。ふふふ、私そっくりでしょう」
「はい、奥さんの遺伝子って最強だと思いました」
祖母はとびきりの笑顔で垣沼にパック入りの大学いもを手土産に持たせた。
容子も家族の分だけパックを持たされた。
会長は怒りを通り越して呆れていたが、手土産の大学いもを見て少々機嫌を直したのだった。
……恐るべし、大学いも。
容子はさんざんな目に遭った非番の一日になったと疲れ果て、仕事の方がマシだったと眠りについた。
縁は異なもの味なもの。
昔の人は上手いことを言ったものだ。
本当に。
祖母は、確かに何かを感じ取っていた。
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