第12話
あれから何回か試合をした。大剣使いの大男とだったり槍使いのエルフとだったり。
俺は無事予選を通過し、本選出場を果たす。
試合を眺めていると、爆符のような攻撃アイテムを使っている人は全くというほどいないことに気づいた。意外とみんな正々堂々としたバトルを求めているようだ。
クロウに教えられた剣は案外通用するらしく苦戦を強いられる試合はなかった。だからと言って手を抜くつもりもないが。
ーーー
優勝には本選で四度勝利する必要があり、一回目は難なく突破した。相手に恵まれた。予選での大怪我が響いて動きが精彩に欠けていた。そんな相手を倒すのは容易でしかなく。
そして本選二回戦目。
相手の名前はシトラ。使用武器はロングソードで騎士のような鎧を着こんでいる。
奴の試合を観る限り、鎧のせいもあってか素早い動きはできなかったようだ。。まぁ見るからに重そうな装備をしてるから体力を相当消費するのだろう。
お互い、試合場に出る。
「お互い悔いの残らない戦いにしよう」
「ああ」
シトラが握手を求めてきたので、その手を握り返す。
手を放しお互い二歩三歩下がったところで開始の合図が鳴った。
次の瞬間、シトラの剣先が僅かにブレると鋭く俺の心臓に迫ってきていた。
速ッ!?
全身が硬直し思考がフリーズしかける中、本能が自動で回避行動をとる。
ロングソードが触れる瞬間、身を捩ることで躱し、身体を引き戻すと同時にシトラに掌底。続け様に回し蹴りを放ち。
「うぐっ‥‥‥」
シトラはカウンターを入れられ、バランスを崩すが受け身を取り剣を構えなおす。
今のやり取りでシトラは素早い動きができることが判明した。
実力を隠していやがった。
「割と全力だったんだけどねぇ、まさか躱されるとは。しかもカウンターまで‥‥‥。でもッ!!」
シトラは口の端に流れる血を拭い再び攻める。
猛獣のような激しく野性に満ちた猛撃をトーマは一つ一つ丁寧に処理していく。
重装備から繰り出される速く正確で細やかな剣舞は、それだけに読み易い。
「くッ‥‥‥当たらないッ‥‥‥」
このままではらちが明かないことを悟ったシトラは俺から距離をとる。
「まさかこれほどとは…。これは出し惜しみしている場合じゃないね」
シトラから魔力の高まりを感じる。
「いくぞ!」
一瞬にして姿を消すシトラ。
辺りを見回すがその姿を捉えることはできない。
直後、背後から何かの気配を感じとる。
「そこかッ!」
振り向きざまに剣を薙ぐが誰もおらず空を斬るのみ。
「なッ‥‥‥!‥‥‥ッ!?」
腹部に鋭い痛みを感じ、確認すると血が滲んでいる。
しかし傷は浅い。
まだやれる。
また背後に気配を感じた。
「またか!」
先程同様、剣を薙ぐが捉えられず。
くッ‥‥‥どうするか。
確か奴は初撃は結構本気を出していたと言っていた。その言葉を信じるなら、今は全力の状態のはず。
長くは続くまい。
ならば魔力切れまで防御に徹するのはどうか、と思案するがすぐに一蹴する。
いくら魔力を高めたところであのスピードから繰り出される一撃を受け切るのはリスクが大き過ぎるからだ。あとに響くようなダメージを残すわけにはいかないのだ。
せめてどこにいるかさえ判れば‥‥‥。
だったら、
「『偉大なる火の精霊よ、我に────』」
俺は身体強化に割いている魔力量を増やし、火魔術の詠唱を始める。
「魔術か。何をする気か知らんがやらせはせん!」
俺が何か企んでることを察したシトラは止めにかかる。
シトラの気配がどんどん近づいてき、その方向に目をやると、ついにシトラが剣を突き出しこちらに向かってくるのを目視できた。
シトラの剣が届く瞬間、俺は足元に火魔術を放つと着弾と同時に砂埃が視界を遮るように舞った。
「くッ‥‥‥。何が起こった!?」
突き出した剣が目標を見失ったことで動揺を見せるシトラ。
その隙に俺はシトラの剣を弾き飛ばし、ノーガードの顔面を魔力を纏った拳で殴りつける。
「ごぱッ‥‥‥」
宙を舞い、地面に叩きつけられたシトラは起き上がろうとするが。
「どうする?」
シトラの顔に剣が向けられた。
いつの間にか砂埃は落ち着いており、弾かれた剣が遠くに転がっているのを見たシトラはため息をつき。
「降参だ」
ーーー
続く三試合目の相手はミリシスという両手に手斧を持った女性だった。
結果としては勝利を収めることはできたが実に恐ろしい相手だった。
野性味あふれる彼女は冒険者ということもあり対人戦闘を得意としておらずフェイントによく引っかかってくれるのだが、野性的過ぎるあまり勘が異常なまでに良く本命の攻撃だけをきちんと躱していた。結局、最後は泥試合にもつれ込み体力が長く続いた自分の勝利に終わった。
情けない勝利だ。
別に勝利の美学やこだわりがあるわけではないが、やはりただ長引いているだけの試合は華がなくつまらないのだ。
今回はたまたまミリシスの獣性が観客を沸かせただけ。
さて、次は決勝。
これに勝てば俺は晴れて剣闘奴隷なんて最悪の身分から抜け出せるのだ。
俺は万全を期すため運営から回復薬とマナポーションを購入しその場で一気に飲み干す。
回復薬では傷は癒えても消費したスタミナは戻らない。故にこの試合は明確に短期戦を意識しなければならない。
先に試合場に上がり待機していると反対側の通路から人影が歩いてきた。
おぼつかない足取りでやってきたのは剣士だった。
その風貌はとても痛々しく、思わず目を背けたくなるようなものだ。
辛うじて服と言える布にはこれまでの戦いの苛酷さを証明する血痕がべったりと付着し、そして何より右腕の肘から下が無い。
見るからに満身創痍なのだがその目には強い意志が宿っている。
俺が彼を観察している中、彼は既に刀身を抜き今にも襲い掛かりそうな気迫を見せている。
開始の合図が鳴り響く。
同時に動いた俺たちは試合場の中心でぶつかり合う。
片腕でなお、全力のトーマと拮抗するほどの膂力。
互いに一瞬、身を離すと瞬く間に数十の剣戟を交わす。
埒が明かないと察したのか片腕の剣士が自身を強化し、俺を力で潰しにかかる。
「くッ‥‥‥」
「俺には金が必要なんだ‥‥‥だから‥‥‥お前には悪いがここで倒れてもらうッ!」
拮抗する鍔迫り合いで、剣士の黒い瞳がジッとトーマを見据える。
誰にでも何かを求める理由がある。剣士が金を必要としているようにトーマにも金が必要である理由がある。
だから、
「断るッ!お前が倒れろ!」
火魔術の詠唱を開始し、発動の直前に相手の顔の前に手を突き出し放つ。
「なっ‥‥‥」
しかし首を傾げて避けられる。
だがこれでいい。相手の注意が一瞬でも俺から逸れた隙に。
鍔迫り合いの中、トーマがスッと力を抜くと。
剣士はバランスを崩し危うく転倒しそうになるが何とか踏みとどまる。
そして振り向きざま、トーマの首を薙ぐ。
トーマは半歩身を引いて躱す。
振り抜かれた剣を撃ち落とし、鳩尾と頬に拳を叩き込む。
「ぶふッ───」
剣士は腹をおさえて倒れるが、起き上がろうとしている。
「まだだ‥‥‥まだやれる‥‥‥」
涙を浮かべながら立ち上がる剣士。
「妹の病気を治すために金が必要なんだ‥‥‥。だから‥‥‥なんでもするから俺に、勝たしてくれ‥‥‥」
「‥‥‥だめだ」
「頼むよ、なぁ!」
「───」
ゆっくりと剣を構える俺を見て。
「クソォォォォオオ!」
大きく振りかぶられた剣を躱し、俺は剣の腹で振り抜いた。
宙を舞い、地面に激突する剣士。
今度こそ意識はない。
実況が俺の優勝を告げる。
強い戦士だった。お互いに万全の状態だったとしたら、負けていたのはおそらく俺の方だろう。
ともあれ、俺は勝った。
これで遂に。
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