第11話 

 クロウの下で修業を始めて一年と半年が経った。

 

 以前までの細く弱弱しい印象ではなく、適度に筋肉が付いておりがっしりとした体型となっていた。


 最初の半年は基礎体力に注力したトレーニングを、その後一年は剣術の鍛錬をしていた。


「ほらそこ、気を抜くな!相手の動きをよく見て行動しろ」


 反撃の隙も無く防戦一方。

 仕切りなおすため距離を取ろうとするが。


「お前はッ!考えが顔に出すぎている!」


 キンッと、俺の剣がクロウの剣に弾かれる。クロウはすかさず距離を詰め、俺の喉元に切っ先を向けた。


「まいりました…」


 口にするたびに自分の無力さを痛感する。


 一年も剣を教わっているのに一度も剣を当てれていない。あと二か月しかないのに‥‥‥。

 

 二か月後に迫るは俺の進退を賭けた武闘大会。

 数か月に一度、不定期に開催される武闘大会には街中から猛者たちが集う。

 彼らが求める優勝賞金の額はなんと金貨5000枚。一般家庭なら人生3周しても使い切れぬ額だ。

 

 俺はそれで自分を買い戻す。

 つまり奴隷身分から脱却する。


 そのための修業なのだが、


「トーマ。焦るな。焦りは判断を鈍らせる、何度も言ったはずだ」 

「はい」

「あとお前の剣は受け身すぎる。様子見もいいがそればっかりで攻撃のチャンスを何度も逃している。それと‥‥‥まぁ今日はここまでにする。明日の試合も見ておくから今言ったことに気を付けるように」

「はい」


 圧倒的に時間が足りない。

 今の実力じゃ、大会で優勝できないどころか試合中に死ぬことすらあり得る。

 実際、この一年半で何度窮地に陥ったことか。

 

 だがそれでも───やるしかないんだ。



ーーー


 

 二か月後。

 大会までの残りの二日、大会へのエントリーを済ませた俺はクロウと稽古をしていた。

 

「今日はここまで」

「ありがとうございました」


 息を切らし、座り込む俺にクロウが言う。


「なかなかいい動きをしていた。これなら大会でも優勝を狙えるかもな」

「本当ですか?」

「ああ」


 俄然やる気が湧いてきた。


「それで優勝したら何を願うんだ?」

「それはですね、奴隷身分からの解放ですね」

「そうか、解放されたあとは?」

「う~ん、一応騎士団に入ろうかと思っています」

「‥‥‥なぜ?」


 クロウの雰囲気が変わった。

 あれ?なんかマズイこと言ったか俺?

 

「お前はこの国についてどこまで知っている?」


 以前アルヴィに聞いた程度のことしか知らないが。


「国民のほとんどが貧困層で、その原因が貴族にあるってことぐらいで‥‥‥」

「そうだ。貴族や商人達が過剰な税をとっているため帝国民は常に極貧生活を強いられている。騎士はな、ほとんどがそんな貴族共の子弟が就くもの。いうなれば民を苦しめることを疑問に思わない屑だ」

「え、えっと‥‥‥」

「ああ。取り乱した。すまない。なんにせよ明日から始まる大会に優勝しなきゃ奴隷からままだ。頑張れよ」

「は、はい」


 クロウの本心が垣間見えたような気がした。


 誰にでも暗い過去はある。

 俺とて嫌いな奴、許せない奴はいる。

 むしろ、クロウが俺にそれを見せたことが少し嬉しい。多分、少しは信用してくれているのだ。


 騎士になりたいわけは、俺はもう自由を奪われたくないから。

 王国や帝国で受けた理不尽に屈したくない。だから地位のある騎士となり奪わず奪われない、そんな人生を送りたい。


 この日は早めに休み、大会に備える。



ーーー



 そうして始まった大会本番。

 会場は人でごった返してかつてない賑わいを見せていた。

 修業中、何度かこのような催しがあったため慣れていると思っていたがまさかこれほどとは。

 人ごみをかき分けて対戦表を見ると知らない人の名前がズラリと載っていた。


 予選はA~Fの六つの会場で行われるらしく、俺はC会場で試合をするみたいだ。会場までは係の人についていけばいいようだ。


 係の先導され闘技場を抜けて進むこと数十分。

 そこは……貴族の邸宅だった。


 何故ここに、と思ったがどうやら試合会場は貴族保有の修練場を使うようだ。


 すでに大勢集まっており、会場全体が殺気立っている。


 試合形式はいつもと同じく一対一なのだが、この数を一組ずつやっていると日が暮れてしまうため、試合場を3つに分け、一度に3組の試合を済ませるようだ。そしてその中で勝ち残った上位3名が本選へと進めることになっている。


 俺の初戦は真ん中の試合場の二戦目だ。


 緊張するがやれることはすべてやった。あとは自分を信じて全力を出し切るのみだ。


 俺は次が自分の番ということもあり、武器を受け取った後、試合場の近くで腰を下ろした。


 さっそく一回戦が始まった。大剣使いの筋骨隆々の大男と短剣使いの細身で蛇顔の男の戦い。


 他人の試合を見るのは初めてだったので楽しみにしていたんだが、結果はあっけないものだった。


 蛇顔の男がまあまあのスピードで大男に突っ込んでいくとカウンターで一撃を入れられ、失神KO。


 他がまだ試合をしている中、ここは開始数秒で終了。想像以上に早く自分の番が回ってきた。


 腰を上げ、試合場に出る。


 さて俺の対戦相手は……あいつか。


 鎧を身に着けておらず軽装。武器はレイピアよりは太いが普通の剣より細い、ほかの装備は見当たらない。


 見た目から判断すると、おそらくスピードで相手を撹乱して戦うタイプだろう。


 初めは防御に専念して様子を窺ってから反撃に出るか、それとも攻撃に徹して素早く勝負を決めるか、どちらにするか。


 困った。剣闘士として何度も戦ってきたがこのタイプは数が少なくて、まだ不慣れなんだ。

 

「試合開始!」


 その合図が出ると、俺は魔力多めに身体強化を施し後ろに飛び距離をとる。


 相手がどんな手を使うかわからない以上、迂闊に近づくわけにもいかない。


 まぁ結局は、自分が得意な戦い方をするのが最善なのだ。


 試合場のやや端で防御を固めているところに相手がジグザグに移動にながら詰め、剣を振るう。


 その剣を数回捌くと、大げさに距離を取り言う。


「俺の剣を見切るとは…。お前、中々やるな。だがこれならどうだ!」


 相手が剣を上段に構えて仕掛けてくる。


 いつもならそのまま剣を受け流し反撃を加えるのだが、今回は違った。

 相手は剣を片手で振り上げていたのだ。左手はポケットに突っ込んでいる。

 嫌な予感がする。警戒を怠らず敵を注視していると。


 俺が相手の間合いに入った瞬間、こちらに向かって札?のようなものを投げつけてきた。


 反射的に避けると、札は爆発した。


「なっ!……くっ…」


 避けたおかげで直接は当たらなかったが、その爆風により吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


 あ、危なかった‥‥‥。身体強化を強めにかけておいたおかげで無事だったが‥‥‥。まさかあんなものがあるとは。これは様子見などしてる場合じゃない。同じ物をまだ持ってるかもしれない。早めに終わらせなければ。

 

 スッと立ち上がり、剣を構える。


「馬鹿なっ!まだ動けるのか!」


 驚く相手を気にも留めず迫る。


 間合いに入った時には男も冷静さを取り戻し防御の構えをとる。だがトーマは攻撃が当たるタイミングで剣に魔力を通すことで、その守りを無理やり崩した。

 そしてがら空きになった身体にトーマの剣が突き抜ける。


 力無くもたれ掛かってくる相手から剣を抜くと試合終了のコールがされた。


 試合場を出て、先程と同じ場所に腰を下ろす。


 さっきの爆発したお札。あれは以前クロウから聞いた爆符というものだろう。爆発だけでなく余波まで発生するから少し厄介だな…。あの爆風に煽られただけでも大きな隙を与えることになってしまう…。


 うん。作戦変更。相手がどんな手を使うか分からないから防御に徹することにしてたが、相手がどんなことするか分からないからこそ攻勢に出よう。何かされる前に勝負を決めなければいけない。


 次の試合まであと6試合。一般の参加者がどんな技、どんな道具を持っているか知らなければいけない。そのためにしっかりと観戦しよう。

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