第10話
「いや~面白いものを見たぜ。クロウが気に入るだけあるな。なぁテレシア」
赤毛の獣人──イザノバがケラケラ笑いながら言う。
「そうねぇ、でも私としては危なっかしくてヒヤヒヤしたわ」
頬に手を当て、困り顔で返す。
「でも、勝った。あれは鍛えれば強くなるぞ」
クロウは少し得意気になる。
その様子を見ていたイザノバが不思議そうな顔をする。
「しっかし、お前が気に入った奴を紹介するなんてなぁ。今までにあったかこんな事」
「確かに。クロウから言ってくるなんて初めてかも」
「ああ、それはだな」
クロウは真剣な面持ちで二人と向き合う。
「俺はゆくゆくはあいつを仲間として迎えたいと思っている」
そう告げると彼らの表情が険しくなった。
「本気か?」
「ああ、本気だ」
「あんな子を巻き込むのは気が引けるわ」
「どちらにせよこんなところに居続けるのなら、当事者だ。それにあいつだってそのうち気づく。この国の歪みを」
そう話すクロウは憂いに満ちた様子だった。
ーーー
「またこれか…」
目が覚めると俺はベッドで寝ていた。
「はぁ‥‥‥。ここ一ヵ月の間に何回気絶したんだろう。えーっと、1回目は確か王都の監獄で、2回目がゴルドーの時だ。で3回目がギメルで4回目がフーゴか」
ギメル戦もフーゴ戦も終了直後は意識はあったんだが、どうやら控室に戻る廊下で倒れていたらしい。
ちょっと相手が強すぎるんじゃないのか?‥‥‥いや違うな。俺が弱いだけだな。
なにせつい1ヶ月まで普通の農民をやってたんだ。
それがどうしてこんなところにいるのやら。
そんなこと考えていると、コンコンとドアがノックされた。
「どうぞ」
一声かけると案内役のお姉さんが入ってきた。
「どうされました」
「昨日の試合の賞金をお持ちしました。」
「ありがとうございます」
トンっと机に置かれた賞金袋は前回のよりだいぶ小さかった。
ではこれで。と帰ろうとする案内役を呼び止める。
「あの~これだけですか?回復ポーションとかは」
予想していた通り、身体強化の影響で全身が筋肉痛が痛む。回復薬がなければ動けない。藁にも縋る思いで尋ねる。
「そんな高価なものありませんよ。ご自身で購入してください」
とピシャリと言われる。
あれって毎回貰えるんじゃないのか。
恐る恐る尋ねる。
「ちなみに値段は」
「金貨7枚です。購入しますか」
耳を疑う値段だったが買わないと身動きが取れないので仕方なく購入する。
「はい、お願いします」
「わかりました。少々お待ちください」
と言って部屋を出る。
数分ぐらいして戻ってきた案内役からポーションを受け取ると、彼女は持ってきた賞金袋の中身を確認した後、袋ごと持って出て行った。
そっかぁ‥‥‥今回の賞金は金貨7枚だったのかぁ。
命を懸けて稼いだお金があっという間に消えた‥‥‥。言葉にできない虚しさだけが残る。
ーーー
翌日の昼
俺はいつも通り酒場で昼食をとっていた。
「よぉ、体調はどうだ」
気づけばクロウが向かいの席に座っていた。
は?いつの間に。全然気づかなかった‥‥‥。
「え、えぇ。大丈夫ですよ、もう万全です」
「そうか、それはよかった」
なんの変哲もない受け答えなのに、どこかほかの意図があるように聞こえた。
「それにしても身体強化の魔術を教えてもらっておいてよかったですよ。ここのところ相手がパワー系ばっかで大変でしたから」
「確かにな。ギメルもフーゴも膂力だけなら剣闘士の中ではトップクラスだったろう。しかし、ただそれだけだった」
「そうですね。二人とも攻撃が直線的で読みやすかったです」
「だろうな。でもそれはお前にも言えることだ」
避けるにしろ攻撃するにしろ手数か少ないことは自分でもわかっていた。
対人用の技を身につけねばこの先長くないことも承知している。
「そこでだ、トーマ、お前に稽古をつけてやろうか?ここで生き残るためにも強くなる必要があると思うからな」
悩むな‥‥‥。クロウは何故俺に親切にするのか。それがわからないから信用できない。
しかし、強くならなければ生き残れない‥‥‥。
トーマの答えは、
「お願いします。僕を鍛えてください」
クロウに戦い方を教えてもらうことにした。
当然、疑いたくもなる。しかし、戦闘訓練をつけるということは俺を生き永らえさせるということ。何を狙っているのかは知らないが、俺にとっても都合がいいのだ。
「いい返事だ。では行くぞ」
「今からですか?」
「当たり前だ」
「僕、昨日ボコボコにされたんですよ。まだ傷が痛むかもしれないし」
「お前さっき体調は万全って言ってたよなぁ」
このことだったのか。あの『よかった』ってのは‥‥‥。
俺は渋々ついていき、そして修業が開始した。
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