第6話 

 昨日はあまり眠れなかった。


 原因はわかっている。明日の試合のせいだ。もしかしたらそれだけではないのかもしれない。

 この一か月弱、いろんなことがあった。いや、ありすぎた。正直心の整理が追い付いていない。


 休みたい。


 故郷の村を思い出し、ため息が出る。


 ドアがコンコンとノックされる。


 どうぞと返事をすると、昨日剣闘士登録してくれた受付嬢が入ってきた。


「どうしました?」

「トーマ様の明日の対戦相手が決まりましたのでご報告いたします」


 その言葉を聞いた瞬間、悪寒が走った。

 対戦相手。俺が明日殺し合う相手。

 俺の気も知らず受付嬢は淡々と告げる。


「トーマ様が明日対戦なされるのは、ギメルという男です」

「ギメル。何か特徴とかないんですか」

「はい、ギメルは隻眼で主に剣を使い戦闘を行います。動きはそれほど素早くありませんが力が強く、過去の対戦者の中には盾ごと切り伏せられた者もおります。彼自身非常に残忍な性格をしており、トーマ様のような初心者を相手にするときには、わざと浅く切りつけ戦意を削いでからとどめを刺すといった戦い方をされます。このような戦い方から一部では初心者殺しと呼ばれております」


 相手を痛めつけて楽しんでいるのか。最悪じゃないか。

 他にはないのだろうか。


「それだけ、ですか?」

「何か知りたいことがありましたらどうぞ」

「‥‥‥年とか?」

「ギメルの年齢は48です。他には?」


 48歳か、結構いってるな。


「じゃあ、ルールなど教えてください」

「そうですね、使用できる武具は選手の控室にあるもののみです。回復用のポーションのようなアイテムも一つだけ持ち込み可能です。試合は時間無制限でどちらかが戦闘不能になるか、または降参するかで勝敗を決めます」


 なるほど、試合中での反則行為はないというわけか。

 どんな卑怯な手を使ってもいいと。


「最後に一つだけ、武具の個数制限はあるんですか」

「いえ、いくつでも使っていただいて構いません。質問は以上でよろしいですか」

「はい」

「当日には案内役を寄こしますのでその者の指示に従ってください。では、失礼します」

 

 受付嬢が去ったあと一人で作戦を練る。


 まず、正面からでは絶対勝ち目はない。今の俺は素早く動くことができないし、そもそも盾を割るほどの怪力相手に近接戦は危険すぎる。


 ある程度の距離を確保しつつ攻撃ができる武器を使うべきだな。そうなると槍が最適だろう。振った槍の先端が相手に当たる距離にいれば避けられても何とかなるし、攻撃が当たれば大ダメージとなる。


 ただ、それだけでは心許ない。戦闘に関してほぼ素人な俺に対してギメルはここで何度も試合を経験している。経験の差というのは簡単に埋められるものではないからな。

 どうしたものか‥‥‥。


 

ーーー



 うんうん悩んでいたらすでに日が沈んでいたようで、ドアがノックされ職員がランプと夕食を持ってきた。

 メニューは、分厚いステーキと野菜がたくさん入ったスープ、パン、ワインとかなり豪勢な食事だ。

 

「あの、頼んでないんですけど‥‥‥」


 困った顔をしていると。


「貴族様の剣闘士にはこういうサービスを提供しているのです。またあとで食器を下げに来ます」


 そう言ってそそくさと部屋を出て行ってしまった。

  

 朝から何も食べてないから助かる。


 さっそくいただこう。はじめにスープを啜る。最近は冷めた味のないものばかり飲んでいたこともあり、全身が温まるのを感じる。次にパンを食べる。王国の監獄にいたときは、カビの生えた硬いものしか口にしていなかったのでとても癒される。最後にステーキを切り分けて頬張る。

 満足感がすごい。今までのどの料理よりもうまい。今少しだけ剣闘士になってよかったと思う。そうじゃなきゃこんな食事にありつけないからな。


 そんなこと考えてながら肉を切り分けているといいアイデアを思いつく。


 「そうだ、これ投げナイフとして攻撃に使えないかな。近づいてきたらこれで牽制できたり」

  

 急いで食事を済ませ、ナイフを投げてみる。

 的はステーキが乗っていた木製の皿だ。皿を壁に立てかけそこに目掛けてナイフを投げてみる。

 

 刺さらない。


 持ち方を変えて何度か試すが上手くいかない。


 まぁ、本当に牽制用に使うか。


「あ~でも武器の持ち込みは禁止だし、どうしようか」


 しばらくして食器を下げに職員がやってきた。そうだ。


「あの、すみません。一つ聞きたいことがあるんですが」

「手短にどうぞ」

「投げナイフのような武器を使っていた剣闘士って見たことありますか」

「あります。それでは失礼いたします」


  と返事の後すぐに部屋を出ていこうとする職員に、小瓶とランプを二つ持ってきてとお願いした。

 なんか怪しまれていたが、故郷に伝わる必勝祈願のおまじないと適当なことを言って誤魔化した。



 三つのランプと小瓶が手に入った。これらは明日の試合の切り札となる。


 明日の試合は相手の判断力をどれだけ鈍らせることができるかが肝だ。長期戦になればなるほどこちらが不利になるため早めに決着をつけたい。


 そのためにはうまく立ち回る必要がある。確かギメルは隻眼だったな。なら視界の自由が利かない方へまわって槍で攻撃、近づいてきたら距離を確保しつつナイフで牽制。


 この作戦なら危険が少ないはず。

 


ーーー



 試合当日の朝、俺は職員によって起こされ運ばれた朝食をとっていた。


 食事中何度も大きな歓声が聞こえてきた。

 早朝から組まれていた試合が一つまた一つと消化されていく。


 いざ自分の出番が近くなると体が震えてくる。

 食事が喉を通らなくなるが、無理にでも胃に押し込む。


 食事を終え、震える体をほぐしていると。


「時間です。控室までご案内いたしますのでついてきてください」


 待機していた職員が口を開く。


 気が付くといつの間にか聞こえていた歓声が止んでいた。

 お互い無言で周りも静寂、勝てるのか?殺されるのではないか?

 そんなネガティブな言葉が頭の中で膨れていく。


 控室の前に到着すると案内役は「私はここで」と帰っていき、俺は簡単なボディチェックを受け部屋に入る。


 部屋には大きな長椅子と乱雑に置かれた武器があるだけ。


 長椅子には大剣を持った男が座っており、俺は少し間隔をあけてその横に座ると。


「お前、ここは初めてだろ」


 男の低い声が響く。


「そうですけど」

「なら覚悟をしておけ」

 

 いきなり何なんだろう。アドバイスだろうか。


「はぁ、覚悟ですか。殺される準備でもしておけと?」

「違う。死の覚悟などなくとも死ぬときは死ぬ。俺が言いたいのは殺す覚悟だ。お前のような奴はそれが出来ていないせいで相手を殺すことを躊躇う。俺はその一瞬の躊躇いのせいで命を落とした者を大勢見てきた。生き残りたいなら相手のことは考えず自分のことだけを考えろ」

 

 そう言い放つと男は控室を出て行き、闘技場の方へ歩いて行った。


 男の言葉を自分に照らしてみる。


 人を殺す覚悟。

 ゴルドーを倒したときはただアルヴィを追わせないことで頭がいっぱいだったから殺そうとも思っていなかった。ゴルドー自身も俺たちを殺す気はなかった。


 互いに命を取る気は無かったんだ。


 しかし今度は違う。

 相手のギメルは初心者殺しといわれるほど殺しをしていて、おそらく今回も同様だろう。

 対する俺はどうだ、自分が相手を殺す覚悟はあるだろうか。あるわけない、考えることすらない。


 だが、考えようによってはここで気づけたことは幸運だ。気づかぬまま試合が始まっていたらあの男の言う通りになったかもしれなかったのだから。


 今は闘技場で先程の男が試合をしており、おそらく次が俺の番。


 転がっている槍を眺め一番丈夫そうなのを手に取る。長さは大体2mと扱いやすそうなものを選ぶ。

 盾も慎重に吟味する。表面は鉄、内側は木製の見た目ほど重くない丸盾にする。

 最後に近くにあった牽制用の投げナイフを3本取り、切っ先を潰し懐に忍ばせておく。

 切っ先を潰す理由は激しく動いても自分の体に刺さらないようにするためだ。

 槍と盾とナイフ3本と小瓶1つ。


 準備を終え、静かにベンチに座っていると、歓声と実況の声が大きく聞こえてきた。これほど盛り上がっていたのに全然聞こえていなかったのは不安や緊張によって思い詰めていたからだろう。

 今もそれらが完全になくなったわけでもないが、さっきよりも少し心が楽だ。


 どうやら決着がついたようだ。実況が勝者を讃えている。


「そろそろ行くか」


 そう呟き、控室を出る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る