第7話
闘技場への長い廊下を歩く。
不思議なことに、いざ自分の番となるとあまり緊張しなくなり、頭がクリアになる。
だんだんと実況の声が大きくなり、やがて闘技場に出る。
「さぁ、次の組み合わせはこいつらだ!ギメル対トーマ!ギメル選手はこの試合に勝利すれば50人斬り達成となります。今日もショーを見せてくれるのか?対するトーマ選手はなんと大会初出場。お~、なんてことだ。相手が悪すぎる。一分でも長く耐えてほしいものだ」
ドッと笑いが起きる。
観客席を見回すと、俺への嘲笑やからかいの応援がよく聞こえてくる。
正面には対戦相手のギメルがいる。右目には深い傷跡。
身長は俺と同じくらいで、体格はかなり筋肉質だ。
武器は片手剣のみで余裕があるのか防具はつけていない。腰に小瓶(おそらく回復用ポーション)をぶら下げており、おおよそ事前情報の通りだ。
ギメルは気持ちの悪い笑みを浮かる。
「俺はな、昔っから人殺しが好きでやめられないんだよ。でも外でいくら殺しをしても誰にも認められることはない。でもここは違う!殺せば殺すほど称賛される。殺せば殺すほど金が手に入る。剣闘士ってのは俺の天職なんだ。だから‥‥‥俺のために死んでくれやァ!」
ギメルの話が終わると同時に試合開始の合図がされる。
瞬間、こちらに向かって一直線に走り出してきた。
俺は槍を長めに肩に担ぐようにして持ち、盾を構えながら奴の動きに注視する。
動き自体はあまり機敏ではないが、あの体格の男が剣を振りかぶりながら走ってくるとなるとなかなかの迫力がある。
まずは初撃。振り下ろされる剣をバックステップで躱し、無防備な奴の頭目掛けて槍を振り下ろす。が、左に転がるように避けられ、体勢を立て直される。
武器のリーチではこちらに分があり距離が開くことは特に問題にならない。こちらからは一歩か二歩踏み出せば槍が当たる距離になる。
「今のは危なかったぜ。しかしスピードが足りねぇな、それにお前ぇ、槍の扱いに慣れてねぇだろ。おおよそ剣では敵わねぇと踏んで接近戦になりにくい槍にしたってところか」
一発でバレた。
だが、作戦は変わらない。
奴の言葉に反応することなく黙って睨み続けていると。
「お前と同じようなことする奴は今まで何人もいた。そのたび俺はそいつらを切り捨ててきたんだ。諦めな、一太刀で終わらせてやるからよ」
ギメルの意外な言葉につい心の声が漏れる。
「お前みたいな人斬り大好き人間が一太刀で終わらせるって?嘘つくなよ」
一瞬ポカンとした表情を見せると、口角をつり上げて言う。
「アハっ、バレた?」
向かってくる奴の動きを止めるため、幾度も槍を振るうがその穂先は敵を捉えることはない。
「近づいてくるな!」
一気に距離を詰められたことで焦りが生じ、雑な一撃を振ってしまう。
待ってましたとばかりに受け流され、逆にギメルの大振りな横薙ぎを食らってしまった。
盾で防ぎはしたもののかなり後方まで飛ばされ、地面を転がってしまう。
「ガハッ‥‥‥力が強いとは聞いていたがここまでとか‥‥‥痛ッ、腕が痺れる」
相手の様子を見てから動くのは危ないかもしれん。
よろよろと立ち上がり、懐から小瓶を取り出し、中に入っていた液体を少量盾にかける。
ギメルは不思議そうに見ていたが、あまり気にすることなく飛び掛かってくる。
全身が痛み、思うように動かない。ヤバい、動け!
何とか寸前で身を屈めて回避し、ふらつきながら逃げるように距離をとる。
肩で息をしながら考える。
どうする。どうする。あんなのを何発も食らうわけにはいかない。一度回復するまで徹底的に逃げに徹するか?いや、それではさっきと同じ結果になる。でも‥‥‥。
「何、ボーっとしてやがる!ずいぶんと余裕そうだな!」
すでに奴の間合いに入ってしまっていた。
しまった、自分の死を悟りキュッと目を閉じると腹部に強い衝撃が走り地面にうずくまってしまう。
「ぐぅッ‥‥‥なぜ‥‥‥殺さない‥‥‥?」
消えそうな声で問う。
「なぜって?周りを見てみろよ、みんな期待してんだよ。お前の解体ショーをよぉ!」
ギメルの声に呼応するかのように会場中が大歓声に包まれる。
狂ってる。
心の底から恐怖した。この会場の中に溢れる歪みに。価値観がおかしいのか?それとも倫理観?それが何なのか答えは出ないが、この会場の中で自分だけが持っていない感覚を、ギメル含め観客のほぼ全員が持ち合わせており、それを俺に押し付けようとしている。
怖い。そんな思いが巡る中、逃げなくてはならないという思いが芽生える。
この思いが原動力となり、激痛でうずくまるしかなかった体に力が入る。
腹をおさえながら頭を上げるとギメルが勝ち誇った表情で観客に向かってベラベラ喋っている。
完全に油断している。
完璧な好機。
槍を持つ手に力が入り、ギメルの後頭部目掛けて槍を振るう。
「あぐッ!?」
頭をおさえ、後ろへフラフラと後ずさるギメルに警戒を絶やすことなく距離をとる。
「何ベラベラ話してやがる。ずいぶんと余裕そうだな」
鉄の味が滲む舌が自然と回る。
ギメルは顔を真っ赤にして剣を構えるが、相当ダメージが入ったのだろう、先程までの覇気がまるでない。
立っているのがやっとのようだ。
お互い満身創痍だ。もうそろそろ決着かもしれん。
睨みを利かせ両者一歩も動かない。
先に動きだしたのは俺の方だった。
蓄積されたダメージは気を抜くと意識を持って行ってしまう程のものだが、ここを正念場と定め、ギメルの一挙手一投足に注意しながら一気に距離を詰める。
槍の間合いに入るや否や攻撃を仕掛けるが、これまたギリギリで避けられる。続けて二、三回の追撃をするがすべて当たらない。
素人の一撃とはいえ無防備な後頭部を力一杯に叩いたというのに、これほど動きに卓越した技能、経験が感じ取れる。
「くっ、まだこれほど動けるのか」
焦りを見せる俺に不敵な笑みを見せるギメル。
至近距離で剣を振り上げ、今にも襲い掛かって来そうな素振りを見せたため急いで後ろへ跳ぶ。
が、剣はブラフ。
腰にぶら下げていた小瓶の中身を一気に飲み干した。
「なぁ、これなんだと思う?」
小瓶をつまみ、俺に問う。
「知らん。回復薬か」
「ブブー。正解はッ」
一直線に駆けてき、剣を振り下ろし。
「マナポーションでしたぁ」
と声を弾ませて言う。
あまりの豹変ぶりに驚くが盾でうまいこと受け流すと剣が地面にめり込む。
すかさず、前傾姿勢になったギメルの横っ面を盾で殴り、槍を短く持ち太ももを切りつけながら後退する。
あいつが飲んだもの、確かマナポーションとか言ってたな。それを飲んでからギメルの放つ圧力のようなものが膨れ上がり、動きも速くなった。
マナポーション
名前から察するに魔力を回復させる薬だと思うが、そもそもギメルは魔術なんて使っていない。だから魔力を回復する必要がないはず。もしかして、気づかないうちにすでに魔術を発動していた?しかし、詠唱は聞こえてこなかった。
何もわからない状況に困惑する。
「いててて、結構しぶといなお前。ん、なんだこれ?油か?」
顔についた液体を指でこするようにする。
正解。昨晩、ランプの油を小瓶に詰め替えておいた。
「まぁいいか。そろそろ魔力が尽きそうだし、これで終わらせるとするか」
終わらせる。そう聞こえた。また一気に近づき斬りつけてくるのだろうか。だったら。
先程のように受け流す。
しかし、数秒経っても一向に向かってこない。
盾を構えながらのぞき込むと、ギメルは剣を構えて溜めを作って動かないでいた。
どんどん魔力が剣に集約されるのがわかる。いやな予感がする。
まずい。あれを撃たせてはいけない。
全身が総毛立ち、本能がそう訴える。
ギメルを止めようと、残っていたナイフを投げるが、びくともせず、直接叩こうと一歩踏み出した瞬間。雷のような光と共に可視化された斬撃が凄まじい衝撃で全身を襲い、闘技場端の壁にたたきつけられる。
ーーー
フフッ。
何故だか笑みがこぼれる。盾が二つに割れ、腕も深く切りつけられて、頭から出血もしているのにまだ意識がある。
案外丈夫だな、俺の体。血が滲んで右目の視界が良くない。
あいつはさっきので魔力を使い果たしたようで、顔面蒼白だ。あの状態は結構きついんだよなぁ。体に力が入らないから。
まだ負けていない。槍にしがみつくようにして立ち上がる。
さっきの衝撃で懐に入れた小瓶が割れ、服に油がしみ込んでいたため服を脱ぐ。
服を肩にかけ、割れた盾を拾い無理やり腕にはめる。激痛が走るが意識をはっきりさせるのにちょうどいい。槍を杖代わりにしてゆっくり進むと。
「あれ食らってまだ立ち上がるのかよ、バケモンが」
苦々しい顔で吐き捨てる。
「こんなところで死ぬわけにはいかないんだ。なぁ、降参してくれるとこっちとしても助かるんだが」
「降参なんてするわけねぇだろ。お前だって瀕死なんだ、あと少しなのに逃げるバカがどこにいる」
再度全身を奮い立たせる。この試合が始まってから何度同じことをしただろうか。とっくに手足の感覚はなく、動けていること自体が奇跡。こんな奇跡を無駄にするわけにはいかない。
ギメルに向かって走り出し、詠唱を始める。相手は迎え撃つ気でいるようで動かず構えている。
「何ぶつぶつ言ってるんだよッ!」
トーマは袈裟斬りを上体を屈めて躱す。
詠唱は完了した。油の染み込んだ服を盾で押し当てるように体当たりをし、体勢を崩す。そこにすかさず火魔術を放った。
油が徐々にギメルの服にも染み込み、そこに俺の火魔術。だんだんと燃え上がっていき、苦痛の悲鳴が上がる。
「ガアアアァァァァァアアアアアア!!」
ギメルは自ら衣を脱ぎ捨て消火を試みるが、肌に付着した油に引火した炎はしつこく身を焼いている。
のたうち回る姿は痛々しく長引かせるのは忍びない。
「今終わらせる」
ボソッと呟き、両手でしっかり狙いを定めて。
ギメルの胸を貫いた。
「‥‥‥」
吐血し睨みつけるギメルの目から光が消えたことを確認すると俺は疲労やその他もろもろによりその場に座り込んだ。
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