何者かになりたくて 勇者としての務め
初めに一番付き合いの長いスロテウスから半歩、足を横に懐に迫るように歩み寄って、
「長きに渡る職から離れたここまでの道中、幾つの幸福を味わえましたか。……師よ」
ありきたりでも奥には嫉妬に近い感情を、言葉の節々には同情に等しいモノを覚えた。
「わからないな。それくらい今の自分に――きっと満足してる」
目は素直に、自分には決してないそれを見た。そして、敵を視界からは離さぬようにして、宛もなく回遊魚さながらに只管泳いだ。
「ありがとう、御座います」
「あぁ」
次に出会った時は骨と皮ばかりだったアリアが立派な姿となって俺の前に姿を現した。
其処に嬉しさの欠片もなく、次第に過ぎ去ってゆく時間の流れに俺は息を呑んでいた。
「ご無沙汰をしております」
かしこまった丁重語が、これまで以上に届かない距離に遠ざかった現実を直視させる。
もし、負けたら。
そう脳裏によぎってならない。
「ちゃんと食ってるんだな」
「はい。お陰様で進む道に壊せぬ壁は、一つもありません。オルス様もそうでしょう?」
「もう暴力は辞めた。今はただ、普通に生きてんだよ」
「でしたら何故、剣と共に?」
「成り行きだ」
やけになり放った一言は沈黙を齎し、新たなる者の大きな一歩を踏み出させてしまった。
「後悔はありませんか?」
第一声から将来が期待できそうだ。
だが正直、俺の最新の記憶の中にお前のような顔のした青少年は一切、残っていない。
それでも、
「そうだな。色々あったけど、やっぱり昼が来て、夜が来て、朝が来る。このサイクルに感動したのはあの瞬間が生まれて初めてだから」
「僕にもルークという弟が居て、一緒に過ごすのが生き甲斐でした。どんな時でも常に。でもある日、移動民族に奴隷法が制定され、皆、殺されました。たった一人、僕以外は」
「そうか、お前は」
「はい、名をアルタイルと申します。以前、窮地を救って頂き、この歳を迎える事が叶いました」
「……」
全員、成長している。俺より何千倍もだ。
――。
「すまないな」
一同は次の言葉に文字通り、注目した。
「俺、馬鹿だから大したことを教えてやれなくて」
「いや」
古き友が代表して。
「お前はこの者らに生き方を、歩き方を、剣の振り方を、教えた。それ以上、求めることはあるまい」
思わず、体が突っ走りにそうになった。
「お陰で我々はこの乱世を生き延びました」
ぁぁ。
「そっか、俺、ちゃんと勇者やってたんだ」
大空を仰げば、星が見えたような気がした。
「でも、他は」
「えぇ、皆、殉職しました。悲しみに明け暮れましたか」
「――――見ろよ、この俺を。こうなっちまったらもう手遅れさ」
終わる。
流れも、何もかも。
そして、まるで奇跡のように、
「?」
それは救いの手か、死の足音か。
全ての自然災害が瞬く間に晴れ渡り、次なる使者が訪れる。
紛れもなく人の創りし神の意を纏って。
「遅ればせながら、挨拶を。我々は信奉者。四代目の意志を分けた同胞の集です」
俺含め、十二人か。
「こっちはあったまってんだ。はやくやろうや」
「そう急くこともありません」
「何がっ」
投擲。
眼前、奴に反応した一瞬の隙を見逃さずに放たれた一矢はヒスロアの反射神経をも凌ぐ。
目の前で大切な人が殺される。
でも、俺が手を伸ばしたのは剣だった。
ま、に合ねぇ。
誰もが、数の再確認を行おうとした瞬間、大地を割り出た強かな蔓が死を絡め取った。
「⁉︎」
それも、白装束側が。
「素晴らしい。自然とは神秘。故にこの星を守らなくてはならないのです」
王女狩りの先手必勝を見抜いていたのか、一番後方で構えと呼べぬ棒立ちをしていた、好青年であろう背筋のした者が指先を下に。
圧倒的不利な状況からの形成逆転。
とまでは行かずとも、なんとかこの場を切り抜けそうだ。
その意向を示そうとヒスロアに目を向ければ、目の前の生存者に対する安堵より先に、信奉者の姿形を見開く目に焼き付けていた。
まるで、知り合いだったかのように。
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